よろず・しろ

□指先まで高温
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いつから、こうなった…
どうしてこうなった…

「加賀の手は綺麗だな」


私の手を握る提督の顔が正面から見れなくて、
ただ俯くだけだった。




▽指先まで高温▽





「提督、失礼します」

執務室の扉をノックする。
先日出撃した際の報告書を提出する為に。

「……?」

ノックの返事が返ってこない、いつもなら数秒と待たずに返事が返ってくるものなのだけど…
部屋の明かりはついているけれど、不在かしら…


暫し考え、報告書の提出だけすませてしまおうと執務室の扉を開けて中に入った。


部屋主が不在の時に勝手に入るのは罰せられるものと思われるが、
それは提督自身が、無駄足になるからと特に気にしないと。発言してくれたお陰で、抵抗無く部屋に入った。

主がいないものと思って、



「これは、返事がない訳ですね…」

いないと思っていた人は、在室していて。
けれど机にはいなくて、部屋に入って数歩でその存在に気が付いた



「執務時間中なのだけれど…」

夕方の柔らかい日差しが窓から入り、その先にあるソファーに横になって眠る我らが提督は、無防備な寝顔を私に晒していた。

普段は秘書艦である者(この鎮守府では週替わり)が諌めるのだろうけど、確かその人はいま入渠中だ。
ちなみに、今週は夕立さんです。


ソファーの傍らに立ち、一先ず起こそうと思うが、
さてどうやって起こしたものか考えながら寝顔を見ていると、

眉間に寄る皺が気になった。
普段はあまり見ることがないそれに、自然に指が伸びた。


「……」

ぐにぐにと眉間を押す。
眉間に僅かにかかっている髪が指先に触れる。

髪が指先に触れてさらりと流れる。男の人にこう言うのもあれだけど、少し羨ましいと、自分の結わえた髪の先を空いた手で触りながら思った。



「ん……?あー、加賀か?」

提督が薄らと目を開けて、私の名前を呼んだ、
そして同時に眉間に添えていた手をいつの間にか握られていた。


「提督、執務時間中です。」

「あー…、悪い」

諌める言葉を発しても覇気がないのは自分でも分かっている、
先ほどから握られた手が熱い。


そんな私の心中など知らずに提督は未だに眠そうにしている。

「なんか柔らかいものがあたっていると思ったら加賀の手だったのか」

へらりと笑いながら言い、私の手をまだ握っている。



「起こそうと思ってやりました。起きたのであれば早く執務を再開して下さい。」

やけに早口に言ってしまった私の意図はきっとこの寝ぼけ中の人には通じていないだろう。
手を放して下さいとは言えない自分がいる。その言葉がどうしても出てこない。


「もっと乱暴に起こしてくれても良かったのに、加賀は優しいなー」

「………」

違うと否定したかったが喉からその言葉が出ない、
握られた手はやんわりと強弱をつけて提督になされるがままだった。


「加賀の手は綺麗だな」

「何を言って、いるんですか」

唐突に降ってきたその言葉は夕暮れの赤い光よりも私の頬が赤くなる。幸い提督の視線は私の手にある。


「綺麗で温かいなー、冷え症とか関係ないだろ」


無邪気な顔をして言われた言葉は自分の中に上手く落ちなくて、



「……傷だらけの手です。他の人達と比べたら綺麗ではありませんよ」

入渠で回復できるとはいえ完璧に癒えるわけではない、大怪我をすれば薄らと痕は残るのだ…
それは私は綺麗とは受け取って欲しくない

声のトーンが下がったのに気付いた提督がやっと私の手を離し
起き上がった。

立ち上がった提督の顔を正面から見れない。


俯いていると両手がふいに持ち上げられた。

「お前がどう思っていようと、俺は傷の有る無しに関係なく言ったんだ。気に入らないなら他の言い方をする。」


提督は両手で私の両手をそれぞれ持ち、私の頬をはさんだ。


「難しく考えんなよ、俺もお世辞で言ってる訳じゃない」



今日初めて提督と顔を合わせた気がする、
この人はこんなに無邪気に笑う人だったろうか、
こんなに私の熱を上げてくれる人だったろうか、

「所で、加賀。どんどん手熱くなっているけど大丈夫か」

熱くなっているのは手だけではないけれど、
…たまには素直になってもいいかしら、



「大丈夫です。提督、ありが…」


「修理終わったっぽいー!!!!!」



私のお礼は見事にソロモンの悪夢と被った。



「おー、お疲れ。夕立、そのまま寮に戻ってもよかったのに」

提督の手は私の頬から外れて、真正面だった姿は今は背中が見える。

「今は私が秘書艦だから、しっかりやるっぽい。あれ?加賀さん?どうしたっぽい?」


「提督に報告書を提出しに来たところ、執務時間中に係らず居眠りをしていたので丁度起こしたところです」

つらつらと淀みなく私の口は動く。


「ちょっ、加賀っ、そんな正確に」

「てーいーとーく?覚悟するっぽいー」


慌てる提督と戦闘体制に入る夕だ、失礼ソロモンの悪夢または狂犬を横目にみながら机に報告書を置き。


執務室を出た。



夕暮れは既に去り、日差しはなくなったけれど、
私の頬や手は未だに赤く、暫く熱を冷まそうと、
弓道場まで駆けた。

提督の断末魔を聞いて、
「自業自得です」
と、呟きながら手を胸に抱いた。


終わり
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