よろず・くろ
□皿喰いと大喰い
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嚇子の先には、
女がいて。
更に見上げると丁度視界の中に月が見えて、
月光を浴びる赤い眼の彼女を見て、
得も知れぬ、身震いを覚えた。
「あら。貴方、結構速いのね。さっきので仕留めるつもりだったのに……」
嚇子の雨をすり抜けて、ビルの上にいる彼女の所まで跳躍した。
『何の、つもりだ』
少なくとも今の時点では、喧嘩を売られる覚えはない、
奇襲に若干の苛立ちを覚えて、いつでも嚇子を出せるように体勢を整える。
「何の?それはこっちの台詞よ。貴方こそ私の獲物を横取りして何のつもり?」
それは、
背筋がざわつく程の、
綺麗な笑顔だった。
『横取り?ここは俺の縄張りだ。』
一つの所に長くはいないが、短期の間縄張りを分けてくれと地区のリーダーに交渉したのは、ごく最近だ。
元々、ここを縄張りにしていた奴は死んでしまって、
狭い範囲で構わないと、何とか了承を得たのは、俺だ。
「縄張り…、そんなの関係ないわ、私が獲物を追ってここに誘導させたの。そして、少し目を放した間に貴方に食べられた。」
『……目を放した理由は』
俺が追っていた時は、こいつは近くにいなかった。
もし、何かしら気配があれば考えたかもしれない。
縄張りと主張はしたが、それに固執するつもりは更々なかった。
あくまで嚇子を納めて事なきを得たかっただけ。
だから、俺は嚇子を出さずに様子を見ている。
食事をして、ここで消耗して、再び食事をする手間がかかるのはゴメンだ。
少なくとも二週間は食事をせずに過ごそうと思っていた。
「他の良さそうな獲物が横切って見定めしていたからよ。
私、こう見えて大食いなの。一杯食べないとお腹が空いて、
お腹が空いて、
お腹がすいて、
……たまらないのよっ!」
彼女が笑みを張り付けたまま、声を強くすると同時に嚇子が標的を見定めたかのように蠢いた。
首の後ろ辺りがチリつく。
このタイプには覚えがある、
彼女にとって食事は至高の物であり、
それを横取りした俺は許すことの出来ない盗人のような……
それなら、話で済まそうと言うのが無理な話か、
覚悟を決めて、俺も彼女に習い、嚇子を出す
謀らずとも同じ鱗嚇を
「あら、一緒ね。」
『…そうだな。』
彼女が微笑み、
その笑みを張り付けたまま、ぎりぎりと嚇子が動く、
瞬きを一回した、
その瞬間、彼女の嚇子が俺に向かって真っ直ぐ突き出された。
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