セレウコス朝シリア:RTW

□アンティオコス王の巻
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〜国内情勢〜
 もはや自分の代で領土を拡大しようとは思わなかったが、次代へ息子のアリスタルコスへ少しでもより良き国土を譲り渡したかった。
 財政が許す限りにおいて微妙にインフラ整備をしつつ、財政の健全化を目指す統治を心掛ける。軍事費をほとんど掛けていないこともあり2000デナリウス程度の黒字化に成功。

 紀元前268年 コエレ・シリア州に小規模な山賊が発生するが、デメトリオス王子指揮の軍により討伐。

 紀元前266年 アンティオコス王、約1万の兵を率い中立都市国家パルミラを包囲。対エジプトを睨んでの領土拡大を図る。
 
 王国西部のキリキア州、イオニア州に山賊発生。国軍主力がパルミラ包囲陣にある時、東西に長い我が国の、西部国境防衛及び治安維持の向上を図る為、『西部軍団』の創設を決定。予定兵力は、長槍市民兵5個大隊、投槍騎兵5個大隊で兵員約1万2千名。(パルミラ包囲軍とほぼ同数)

 同年冬 アンティオコス王、パルミラ包囲中陣没。享年64歳。「安らかな死」であった。(在位紀元前281〜266年)
 財政の健全化には成功したものの、国軍の強化、外交、特に同盟問題については未解決のままであった。
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