マイナー武将列伝

□陶謙 字・恭祖(132〜194)
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シナリオ1・陶謙陣営・君主
攻撃77 防御65 機動63
魅力46 知力51 政治49
 
 
さて、前回は曹豹を取り上げたので、今回はその主君である陶謙について書いてみます。
一般的にお馴染みの三国志演義と、正史における記述が大幅に違う人物は数多くいますが、同じ正史のなかでも180度違う人物像が浮かび上がるのはさすがに珍しい
陶謙のイメージといえば、やはり善良なお爺ちゃんでしょうか?パラ的には、そこそこの文官?
まずはイメージをブッ壊します
丹陽郡の出身で県長であった父を早くに亡くしますが、結構いい歳(当時としては)になっても街の暴れん坊な感じだったようです。しかしいつまでもニートを決め込む訳もいかず、州郡に出仕すると、たちまち頭角を現わし、丹陽兵を率い各地の反乱を平定。黄巾の乱が起こると徐州刺史となり、瞬く間に黄巾軍を敗走させた。その後は徐州・揚州に割拠し、下ヒに勢力を張り天子を自称した闕宣と手を結び泰山を劫掠。後には闕宣を殺し、その軍勢を吸収してしまう。
また、黄巾の残党のうち、最大勢力であった青州黄巾軍のパトロンになったりして、その為徐州と青州は、わりと近所にも拘らず、青州黄巾軍は専ら西の方へ進み、徐州は攻撃を受ける事が無かった。
人事面でも曹宏のような小人や筰融みたいないかがわしい仏教教祖を重用したり、孫策の才能を妬み、親子を迫害。仕官に応じなかった張昭を投獄したりもした。刑罰や行政も不当で、道義に背き、感情に任せて行動したとも記されている。 
曹操による徐州虐殺の原因となった曹嵩殺害については、曹操に恨みをもつ陶謙が、護衛の到着前に密かに数千騎を派遣し、曹嵩郎党を惨殺。財貨を奪い去ったという。
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