★×向日岳人A★

□桜の樹の下には
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桜の蕾が膨らんで。
ゆっくりと綻んで。
綺麗に花が咲いて。

□■桜の樹の下には□■

そろそろ春がやってくる。
この学校の校庭に植えられた桜の樹も蕾を付けて、花が咲く日を今か今かと待っている。
そんな桜の樹の下で、岳人は小さく溜息を零した。
この桜は、ここにあるものの中で一番古く、一番大きく、一番見事な花を咲かせていたものだ。
何故それが過去形なのかというと、今年はそな花に期待出来ないかもしれないからだ。
最も大きなその樹から伸びた枝は、途中から切られてしまっていた。
長くそこにあったそれは、どこからか病気を拾い、枝を切らなければどうしようもなかったのだという。
だが、桜の枝というのは本来切ってはいけないとされている。
今、切られたところには丁寧に薬が付けられ処置が施してあるが、このまま無事でいられるかどうかは、それを施した庭師ですら判らないというのが現状だった。
岳人はその桜に普通以上の思い入れを持っていた。
その桜には、岳人にとってはとても大切で、いつになっても色褪せることのない思い出があるのだ。
その時のことを思い出し、岳人はまた一つ溜息を零した。

***

1年生の春。
エスカレーター式に中等部に入学したため、よく言われるような、新しい学校生活に胸を膨らませて、ということはなかったかもしれない。
岳人は真新しい制服に身を包み、一人校庭を歩いていた。
入学を祝うかのように、校庭にある全ての桜は満開で、綺麗な花びらを、風が吹く度に散らしていた。
その中でも、一際見事に咲き誇っていたのが、この大きな桜。
周りの木々を従えるように、枝を精一杯に伸ばし、たくさんの花を満開にしていた。
まるでそれに引き寄せられるかのように、岳人はその桜に近付いていく。
幹に触れてみると、日差しをたっぷり浴びていたからか、それはほんのり温かかった。

「うわ…めっちゃ綺麗やな」

「え?」

その時、不意に背後から、聞き覚えのない声がした。
振り返ってみると、そこには見たことのない誰かが立っていた。
岳人と同じ制服を着て、胸に飾りを付け、同じ入学生だということは判る。

「この辺のことよぉ判らへんくて早めに家出たんやけど…早過ぎたみたいやな」

確かに、入学式まではまだ暫く時間がある。
岳人も、初日くらいは早めにと、随分と余裕を持って家を出てきた。
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