文心[ブレスト・アナザー]
□ブレスト・アナザー
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【港町に潜むもの】
ガサラから戻ってくるカオルを待って、キ・キーマたちはサーカワの郷から程近い港町を目指し郷を出発した。
宝玉は残すところあとひとつだったが、それがどこにあるのかは定かではなかった。
キ・キーマは宝玉が南大陸にはない可能性もあることを思って、憂鬱な気分になっていた。というのも、ワタルと旅をしていたとき、最後の宝玉は北の帝国の今は亡き皇帝の王冠にあったからだ。
非アンカ族に対する仕打ちがどのようなものかという噂は、遠く海を隔てた南大陸にも入ってきていた。だから、何としても南大陸で宝玉が見つかるように願わずにはいられなかった。
「ここがソノの港町だ」と案内したとき、カオルは首をかしげた。
アリキタは鉱山と工業の国で、ハタヤやダクラのような大きな工業港や商業港があり交易豊かだった。仕事や新しいものを求めてヒトが集まり、日々新しいものと古いものとが変遷を繰り返しているところだった。
それを説明した後で、簡素な家と物置がまばらに立ち並んでいる他は、更地になっている町の様子を見たら、確かに首をかしげたくなるのも仕方がないというものだろう。
同じアリキタの中でもソノという港町の変遷は近年でも目まぐるしいものがある。
打ち捨てられた漁船のように海風の中に侘びしくたたずんでいた町は、二十年ほど前に突如発生した竜巻でめちゃくちゃになってしまったのだった。その竜巻はワタルと同時期に幻界に来た旅人が北へ渡るために魔法で起こしたものであることは町のヒトびとは知らない。知っているのはかつての旅の仲間だけだ。
そのときのことを思い出して、キ・キーマは奥歯を噛み締める。すっかり変わってしまった町並みを背に、遠く見える水平線を眺めた。
竜巻の災難に見舞われた町は、その後の魔族の襲来でほぼ壊滅状態となり、町のヒトびとは命からがら船に乗って難を逃れたという話を、キ・キーマは町を出てガサラに来ていた男から聞いたことがある。
もともと小さな港だったソノは町全体としても得られる収入は少なく、復興に時間がかかったという。
住む家もなく、かと言って家を建てる資金もない町のヒトびとは岐路に立たされた。中には町を出る者もいたが、町のヒトびとの多くが選んだ道は、船上での生活だった。比較的被害の少なかった船を修繕し、漁をしてそれを市場で売って生活費を稼いでいた。
大きな町の市場にはヒトが多く集まってくる。それは、それまでソノの港で得られる収入の何倍もの利益をもたらした。船上での生活は天候によっては危険を伴うが、かつて秘密裏に行われていた密航の仲介という危ない橋を渡るよりも真っ当で安定した収入が得られる。
連邦政府の厳しい監視下に置かれ交易の許可を得ることができなかった小さな港町は、そうやって新たな生活の場を海へと移していった。
連邦政府は最初のうちは厳しく取り締まっていたが、その代わりとして復興支援を要求する声が高まったため、町が復興するまではと目を瞑ることにしたらしい。
ソノの町としても魚介類の乱獲を避けたり、他の港町のひんしゅくを買わないようにいくつか取り決めをして交易の足場を築いていった。
ソノを通り過ぎて、キ・キーマたちはその先の港町に入った。港町特有の海産物市場が立ち並び、路上はひしめき合っていた。ダルババ屋にターボ2号を預けて、みなで遅い昼食を摂ったあと、待ち合わせ場所を決めてそれぞれで情報を集めることになった。