文心[版権]

□攻殻機動隊 アナザーストーリー
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攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX 3rdGIG 
アナザーストーリー







 病院に勤めている友人から連絡があって、草薙素子は彼女の職場に出向いた。
 昼下がりの廊下にはまだ食事の匂いが残っている。
 その廊下を、急ぎ足で駆けてくる者がいた。

「ごめんね。忙しいのに来てもらっちゃって」

 水色の清潔感のある制服に身を包んだ彼女は、昔馴染みの仲間内ではくるたんという愛称で呼ばれている。
 肩の上で切り揃えられたブロンドの髪が乱れてしまっているところをみると、仕事の合間を縫って急いで来たことがうかがえた。

「気にしないで。それで、何があったの?」

「うん……。それがね、おかしいの。おかしくないのかもしれないけど、何かおかしいのよ」

 と、そんなふうに彼女は語り始めた。

「なあに、それ?」

 取り敢えず彼女に落ち着くように諭して、近くの長椅子に座らせた。そして、草薙は何があったのか先を促した。

「前日まで死ぬのは嫌だって言っていた患者さんたちがね、次の日には死ぬことは怖くないって笑って言うのよ。まったくの別人みたいに」

 “別人みたい”というくるたんの呟きにも似た言葉に、草薙は眉根を寄せた。
 今のところ事件性は感じられないが、“別人のように振舞う”ことに対して、今まで遅効性ウイルスに感染した者の行動特性から、それは見逃すことのできない兆候だった。ゆえに、そこに何者かが関わっている可能性は捨てきれない。
 それに“死”という個人のライフサイクルにおいて衝撃の大きな現象を前に怯まない者は決して多くないだろう。
 それを宣告されて、感情をあらわにしていた者が、急に穏やかになるというのは考えにくいことでもある。

「ふうん……。まるで、自分が確実に天国に行くことをあらかじめ知っているような言動ね」

「ええ。それが一人ならいいんだけど、みんなして同じことを言うの。“エルドラード”に行くって」

「“エルドラード”……? それって何かの信仰? 病院にそういう人とか雇ってるの?」

「それはないと思うんだけど……」

「いつ頃から言い出したの?」

「先月の初めくらいからだったと思うわ」

 彼女は口元に手を当てて、考えるようにする。

「私の受け持ちさんだったからよく覚えてるんだけど。病名を告知されてからずっと塞ぎこんでいて、突然泣き出したり、怒りっぽくなったりしてたの。でもその次の日には、“怖くないわ”って。“エルドラードに行くから大丈夫なのよ。みんなで行くから寂しくないのよ”って言って……。前向きになるのはとても良いことなんだけど、何かおかしいの」

 その時のことを思い出してか、彼女は困惑した表情を浮かべた。
 “何かおかしい”──それは、草薙も仕事上でよく感じるカンのようなものに似ているかもしれない。
 個人的には何とかしてやりたいが、草薙が所属する公安9課が介入するほどのものかどうか、草薙自身見極めかねていた。

「“エルドラード”ねぇ……。で、その“みんな”っていうのは?」

「難病で苦しむ患者さんや末期のがん患者さんだと思うわ。そういう人たちに、そういった症状が見られてるから」

「他に共通点はある?」

「みんな電脳化している患者さんばかりなの。電脳化していない人には症状は見られてないから、多分……」

 そこまで言って、彼女は何かを思い出したような顔をする。

「あ、でも電脳化してても発症していない子もいるからそれは違うかもしれないけどね……。でも、これって素子の管轄かなって思って一応連絡してみたんだけど……」

「そうね……一応、調べてみる必要はありそうね」

「ありがとう。やっぱり相談して良かった」

と、表情を和らげる彼女の言葉に草薙はふいに微笑む。

「あまり根詰め過ぎないのよ」

「うん、ありがと。素子もね」

 彼女は挨拶代わりに軽く手を振って、軽快な足取りで来た道を戻っていった。



 草薙は自身の所属する公安9課に戻って、課長の荒巻にくるたんから得た情報を話した。
 荒巻は机上で指を組み、難しい顔をする。

「事件性があるかもしれんが、そうではない可能性も同じくらいあるな」

「ええ。それはもちろん承知の上よ。ただ少し……気になることがあるのよ。トグサとイシカワを連れて行くわね」

「うむ。何か分かったら報告してくれ」

「了解」









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