文心[ブレスト・アナザー]

□ブレスト・アナザー
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 リコたちと別れたあと、カオルはその足でガサラのブランチに向かった。
 巡回や非番のハイランダーを除いて、ブランチ長のセラム、副長のトローン、そのほか数人のハイランダーへひと通りの挨拶をしたあと、旅の土産話をねだられてカオルはガサラを出てからの出来事を語った。
 マキーバで盗賊団の団長に会った話をすると、ハイランダーたちは「あれだけ捜索隊を出して捜したのに、どこに隠れていたんだ?」と悔しがった。
 リリスでの腕輪をなくしてしまった事情を話すと、ハイランダーたちは一様に難しい顔をして考えこんでしまった。
 トローンは苦いものを口にしたような顔で牙を剥き出して怒った。

「アンカ族至上主義を推す幹部が上層部にいることは、リリスの監視体制が敷かれる前から分かっていたことだ。そんなところからやってくるお飾りにいったい何の意味がある!? 早々に手を打たないと、また同じことが起こるぞ」

 ハイランダーたちはトローンの言葉に賛同するように力強くうなずく。
 そんな中、セラムはややためらいがちに口を開いた。

「そうですね。トローンの言うことはもっともですが……今少しばかり様子を見てはどうでしょう?」

「なんだって……!?」

 セラムの言葉を聞き間違えでもしたかというようにハイランダーたちは眉をひそめている。
トローンはセラムの提案な率直に異を唱えた。

「様子見なんて、そんな悠長なことを言っている場合じゃないだろう? すぐにでも連邦議会に報告して、監視者もろとも捕らえるべきだと思うが」

「もちろん何かあれば、早々に手段を講じねばなりません。しかし──」

カオルには申し訳ないけれど、と前置きをしてセラムは語った。

「今回の件はいくらでももみ消すことができたはずなのに、それをせずに事情を知っている者を町から出したということは、例え他に事情を知られても処罰を受ける覚悟はできていると捉えることもできます。その上で、リリスのブランチ長がその体制を変えてみせると言うならば、私たちはそれを信じて待ってみてはどうでしょう?」

セラムの言葉に、カオルは自分がどれだけ危ない立場に立たされていたのかが分かって、背筋が寒くなった。
リリスのブランチ長、パムの言葉を信じてみようと言うセラムに、ハイランダーたちはどうしたらいいものか迷っているようだった。
トローンは相変わらずしかめっ面をしていたが、セラムの真意を探るように黙って聞いている。

「捕らえるのは簡単ですが、ブランチ長が初心に帰ってはじめから鍛え直そうとようやく歩き始めたこのときに、変わる可能性の芽を摘んでしまうことになるのではないかと気がかりです。捕らえて万事解決というわけではない、そればかりでは根絶やしにできない問題があると私は考えます」

トローンは低くうなって、言った。

「言いたいことは分かった。例え今回の件に関わっていたヤツらが捕らえられたとして、それをきっかけとして町の体制が劇的に変わるとは思えん。良くて免職、悪くて監獄。それでも手ぬるいくらいだが、そうやってのうのうと生き延びるより、事態の責任を取って前線で死ぬまで償ってもらうのもいいかもしれんな。 ──だが、何か不穏な動きがあればすぐに告発する。それでいいな?」

「ええ、異論はありません」
皆が皆、手放しで賛同するとはいかなかったが、ようやく話がまとまって話題は腕輪の件に移った。

「カオルの腕輪に関しては、トローンに一任しましょう」

「俺に? あれはブランチ長が直々に、ってことじゃなかったか?」

「そうしたいのはやまやまですが」とセラムは申し訳なさそうに言った。

「実は数日後の会議に出席する予定があって今晩にでも町を発たなくてはならないのです。腕輪の再発行手続きの用意はしておくので、代行として腕輪を職人から受け取ってきて下さい」とセラム。

「そうか、分かった」

了承したトローンに、カオルは「よろしくお願いします」と頭を下げた。

カオルはその夜、ハイランダーの宿舎の空き部屋を借りて、旅に出てから久しぶりにゆっくりと布団で休むことができたのだった。
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