文心[ブレスト・アナザー]
□ブレスト・アナザー
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スペクタクル・マシン団が近くに興行に来ているといううわさを聞きつけて、キ・キーマは嬉しさに胸を躍らせていた。
今や知るヒトぞ知るサーカス団には、かつて共に幻界中を旅した仲間がいる。時々手紙のやり取りをして連絡を取り合っていた。今回の旅に出る前にも郷の長老へ手紙を書いた折に、一緒に手紙を出していた。
知り得た情報を早くカオルたちに知らせようと、待ち合わせ場所に向かって足取り軽く通りを歩いていたときだった。
途中、見慣れた人物が路地裏に入っていくところを見つけた。
「ん、どうしたんだ……?」
店の看板があるわけでもないその場所に、いったい何の用があるのかキ・キーマは気になった。あるとすれば何かの模様が書かれた貼り紙があるくらいだ。
キ・キーマは気になってそのあとを追った。しかし路地の角を曲がった時には姿を見失ってしまった。どうやら建物の中に入ってしまったようだった。
進んだ先の建物に、路地の入り口にあったのと同じ貼り紙があった。
その建物の天井に近い部分の戸が開いていて、中から声が聞こえてきた。
「よく来たな」という低い声が聞こえる。
「シルシがあったから、ここにいると思ったんだ」と高い声が応じる。声の調子から、お互いが初対面ではないことが分かる。
今までどうしていたのかという問いに、男は語った。
「ガサラから逃げるときに、お前と一緒にいた旅人に会ったんだ。旅人なら鏡を持っているはずだと思ったんだが、ハイランダーに追われててそれどころじゃなくてな」
盗賊は捕まれば有無を言わず監獄行きとされている。その監獄近くに盗賊団の団長が現れたという情報を得て、各国のブランチが捜索隊として借り出されて行ったのは記憶に新しいところだ。
「大丈夫だったのか?」
「ああ、なんとかな。お前が捕まって監獄に送り込まれたんじゃないかと監獄近くまで行ってみたこともあったんだが、そこでもハイランダーの奴らが手を回していて、仕方なく当初の計画通りに動いていたんだが……。マキーバでお前があの旅人連中と一緒だったから、かなり驚いた。監獄に連れて行かれるにしては手枷をつけてなかったしな。どういう魔法を使ったんだ?」
「うん。オイラも旅人が真実の鏡を持っているって思ったから、絶対手に入れなきゃと思って。オイラどうしても捕まりたくなくて、ウソをついたんだ」
「へえ、それはどんな呪文だ?」と、からかうように相手は応じる。
「盗賊に脅されて仲間になってたんだって言ったら、オイラの父ちゃんがうんと前に捜索願を出していたみたいで何とか信じてもらえたんだ。その代わりに、昔使ってたアジトのことを話したんだけど……シルシがなきゃ意味がないから」
「シルシが有るところに俺たち在り……か。まあいいだろう。支障はない。 ──それで? 例の鏡を手に入れることはできたのか?」
「ううん……できなかった」
しょぼくれた声に、男は噴出した。
「ははは。おまえのことだから、そうだろうなとは思ってたけどな」
「なんだよ、“オイラのことだから”って!?」
「今までどれだけ一緒にいたと思ってるんだよ? そう踏んでいたから、俺は俺で別ルートから探していたんだ」
「別るうと……」
「お前とは違う別の方法。 ──さて、なんだと思う?」
「石像の持っているっていうあの鏡を手に入れられたのか?」
「いいや……その鏡だがな、あれはまがい物だったんだ」
「何だって!?」
「俺たちはあの男にまんまと騙されたってわけだ。あれほどの大罪を犯して得たものが偽物とはな。まったく、してやられたよ」
「アイツ……!! 一発ぶん殴ってくればよかった」
地団駄を踏む音が聞こえる。
「あ〜あ……それじゃあ、またイチから探さなくちゃいけないのか……」
「ま、そう気を落とすなよ。いい情報が入ったんだ」
「いい情報って?」
「北の魔女が珍しいものを集めるのが好きらしくてな、もしかしたらそこに俺たちが探しているものがあるかもしれないんだ」
「北の魔女……って、北の帝国まで行くつもりなのか? 本当にそこに鏡があるのか?」
「いや、鏡があるかどうかは分からない。だが、今まで南にいて鏡があったためしがあるか?」
「そりゃあ……ないけど……」
「だろ? だから行ってみる価値はある」
「でも……」
「ないかもしれないし、あるかもしれない。可能性は五分五分だ。だが、俺たちはサザルティー盗賊団だろう?」
「例え鏡がなくとも、北の魔女が集めてるキショー価値が高いオタカラを手に入れることだってできるかもしれない、って言うんだな?」
「ああ。そうなればヒトも集まりやすい。ガサラで多くの仲間を失ったからな。ヒト集めには持って来いの宣伝文句だ」
「でも、どうやって北まで行くんだ?」
「もうすぐ風船が出航する時期だと聞いた。北へ行く準備を進めるぞ」
「うん、分かった。あ、でも……もう少しだけ時間が欲しいんだ。一晩だけ」
「一晩? まあいいだろう。まだ出航までには間があるからな。別れの手紙でも書いておけ」
「ありがとう。 ──あ、そう言えば……書いた文様でも現世に行けることが分かったんだ」
「へえ、そうか。それは興味深いな」
「そうだろ? だからもし鏡を使って現世に行くときには──……って、どうしたんだ? 怖い顔して……」
「ラヴィ、お前はやっぱり詰めが甘いな。ネズミが紛れ込んできたようだ」
「え? ネズミって?」
「ああ、こっちではモルって言うんだったか」
問いに答えるが早いか、わずかの間にキ・キーマのそばに近づく影があった。
「──こそこそと……お前はハイランダーか?」
急所を突かれて、キ・キーマはその場に声もなくうずくまった。