文心[ブレスト・アナザー]

□ブレスト・アナザー
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【夕闇の中で】




「石岡……それ……!!」

 それは、陽の光を反射して鈍く光っていた。
 そのナイフを手にしている石岡。
 血溜まりの中に倒れていた高松たち。
 その構図から得られる答えに、薫は背中が冷える。

「奴らが持ってたんだ……。多分、これで脅すつもりだったんだろうけどな」

 まったく馬鹿みたいだ、と石岡は力無く笑って、朱に染まったその切っ先に目を落としている。

「石岡……っ、……何やってんだよ! 何でこんな……っ」

 口の中が乾いているように、薫はうまく声が出せない。

「お前には分からないよ。 ──いや、こんなのは……分からないほうがいいかもな」

 石岡は、そう言ってわずかに微笑んだ。

「何だよ、話してみなきゃ分からないだろ?」

 日が沈むにつれて、徐々に影に支配される領域が拡大していく。
 石岡はわずかな沈黙のあとで、静かに口を開いた。

「多分、ずっと前から捻じ曲がってた……」

「ずっと前? ……いったい何が捻じ曲がってるって言うんだよ?」

「──全部だよ。全部……俺が生まれる前から捻じ曲がってて、そこに俺が生まれて、ますます捻じ曲がっていって……。 ──きっともう……全部、取り返しがつかない」

 薫には、石岡が言っている言葉の意味がよく掴めない。
 それでも石岡は、薫に問いかけた。

「なぁ、何で……俺なんだろう? 何で俺がこんな目に遭わなくちゃならない?」

 そう投げかけられた言葉に、薫は返す答えも見つからず「落ち着けよ」などと意味の無い言葉を吐くしかできなかった。

「こんなことなら、もっと前からこうしておけば良かったんだ……。 ──もう、終わりにするよ」

 薫には、石岡が何を言っているのか解らなかった。

(──いったい、何を終わりにするって言うんだよ?)

 そう訊こうとしたとき、石岡は薫に背を向けて言った。


「──じゃぁな。 ──オヤジさんを大事にしてやれよ、──── 三谷」


「──え……?」


 次の瞬間には、石岡は地面から足を踏み出して、フェンスの外の夕闇の中へと消えていった。
 まるで、スロ―モ―ション映像を巨大スクリ―ンの間近からでも見ているようだった。
 薫は声を上げることも、彼を止めることもできなかった。 ──何も、できなかった。
 体中の血が、さらさらと足元の乾いたコンクリ―トに落ちていくような感じがした。
 体中の骨が軋んだだけで、足を踏み出すことはできなかった。
 目の前で何が起こったのかを、把握する脳が停滞してしまったようだった。
 そんな時の流れから隔絶された空間に、音が戻ってきた。



「石岡あああぁ──────────っ」












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