落陽

□五
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 嗚呼、今すぐにでも雅彦様の許へ行ってしまいたい。しかし、私の意思を遮る存在が其処にはあったのです。

「もしや……、イチ……お前──」
流石、女を知る俊彦様と言った所でしょうか。手洗所で屈む私を見て、俊彦様は顔を青くされました。
「その、まさかで御座います」
「下ろせ。今すぐにだ、解ったな」
俊彦様は、冷たく仰いました。私は、もう涙も出ませんでした。女というものは、いつしも此の様な立場に在り続けるのでしょうか。

 俊彦様がもしも、「生め」と仰ったなら私は。私は、一体どうするのでしょうか。

 私は雅彦様が出て行かれた後も、部屋の掃除は欠かさず行っておりました。変な言い方ではありますが、いつ帰って来ても構わない様に。これでは、まるで雅彦様の御帰りを望んでいるかの様です。私は、部屋のドアを開けました。

「獅子の父親は、子を殺すらしいね」
俊彦様と同じ声でありながらも、違う口調。それは。
「雅彦……様……、何故……」
「此処は、一応ぼくの実家だよ」
にこり、と微笑む雅彦様に涙腺が緩みました。
「久しぶりだね、手紙は着かなかったのかな」
「……あの、私……」
「知っているさ、聞いたよ俊彦から」
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