吸血鬼と魔女の話

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 わたしは花束を手に持って、毎日洋館へと向かう。何故なら、それが習慣だからだ。

「もう、五百年より昔の事は覚えていない」

アンティーク調のスーツを召した男は、花束の薔薇の花を食む。それは、ゆっくりと牛が反芻する様に咀嚼する。

「ただ、腹は減る。ところで、お前は誰だ」

「わたしは……、魔女ですよ」

出会ってから、一体何度同じ質問をされただろうか。

使用人もいない薄暗い洋館は蜘蛛の巣が目立ち、湿っぽさは薄気味悪い印象を勝手に植え付ける。
そもそも、勝手に付けられる印象は好かない。
印象は自らが考えて付けるものだ、とわたしは思っているからだ。

「では、何の為に此処へ来た。復讐か、名誉か、死に場所を求めてか」

ばさり、と花束が赤い絨毯へと落ちる。

彼の細い骨の様な手が、わたしの首へと伸びた。近付いただけで、首元が冷たくなる。

「また、同じ事を訊くのですね」

五百年より昔、どころでは無い。「昨晩の事すら覚えていられないではないか、このアルツハイマーが」と小さく毒づく。五百年以上も生きていながら、その期間を有効に使えないとは救えない男だ。

「また、忘れてしまったのですね」
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