吸血鬼と魔女の話
□01.
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わたしは花束を手に持って、毎日洋館へと向かう。何故なら、それが習慣だからだ。
「もう、五百年より昔の事は覚えていない」
アンティーク調のスーツを召した男は、花束の薔薇の花を食む。それは、ゆっくりと牛が反芻する様に咀嚼する。
「ただ、腹は減る。ところで、お前は誰だ」
「わたしは……、魔女ですよ」
出会ってから、一体何度同じ質問をされただろうか。
使用人もいない薄暗い洋館は蜘蛛の巣が目立ち、湿っぽさは薄気味悪い印象を勝手に植え付ける。
そもそも、勝手に付けられる印象は好かない。
印象は自らが考えて付けるものだ、とわたしは思っているからだ。
「では、何の為に此処へ来た。復讐か、名誉か、死に場所を求めてか」
ばさり、と花束が赤い絨毯へと落ちる。
彼の細い骨の様な手が、わたしの首へと伸びた。近付いただけで、首元が冷たくなる。
「また、同じ事を訊くのですね」
五百年より昔、どころでは無い。「昨晩の事すら覚えていられないではないか、このアルツハイマーが」と小さく毒づく。五百年以上も生きていながら、その期間を有効に使えないとは救えない男だ。
「また、忘れてしまったのですね」