吸血鬼と魔女の話
□04.
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「薔薇の花束が欲しいのですが」
町の花屋に入ると、うら若き乙女が対応する。柔らかな栗色の髪に、きめの細かい健康そうな肌、年頃の娘特有の薔薇色の頬、明るい鳶色の瞳、しなやかに伸びた手足。初めて見たが、どうやら、いつも対応している婦人の娘らしい。
久し振りに来た花屋にはわたしですら知らない切り花が、所狭しと水に生けられた状態で並べられていた。花には興味が無いから、どうでも良い事だが。
「はい、解りました。贈り物ですか」
「死んだ家内にね」
既に亡くなっている九人の家内の中の、誰に対してでもない。全く、滑稽な話である。
「そうですか……」
既に、嘘も手慣れてしまっていた。あの吸血鬼の彼よりも長く生きているのだから、当たり前かもしれないが。
「ああ、気にしなくて良いですよ」
すっかり落ち込んだ表情の彼女は、思い詰めた様に俯いてしまう。その様な感情より、わたしは一刻も早く薔薇の花束が欲しかった。
「お医者先生、わたしがこの様な事を言うのも厚かましいのですが──死んでしまった方に、縛られるのもどうかと」
小娘の説教程、面倒なものは無い。経緯も考察も結論も、教訓すらも無い説教なのだから。