短篇集
□蛇女
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彼女は、男の願いを何でも叶えた。
金が欲しいと言えば金を寄越し、女が欲しいと言えば女を寄越し、地位が欲しいと言えば地位を寄越し、名誉が欲しいと言えば名誉を寄越した。
奇妙な女だった。
男が歳を重ねて頭髪に霜を乗せようとも、彼女は若々しく美しい黒髪を保ったままだった。
男は彼女の名前を知らないので、勝手に「メフィスト」と呼んでいた。彼女はその呼び名に対して、「じゃあ、あなたはファウスト博士?」と言って可笑しそうに目を細めた。
恐らく、彼女は男の全てを知っていた。
「人に知恵の実である林檎を勧めるとは、まさに蛇の様な所業じゃないかい」
とある高層ビルの一室である社長室で年老いた男が呟くと、彼女は少し悲しそうな顔をした。それでも、男には気付かれない様にその表情を取り繕う。
そして、彼女はソファに寝転んだまま「知恵は一切、与えていないけれどもね」と内心思う。その胸元には、シルバーの十字架が光っていた。
「でも、あなたはわたしの御蔭で望むまま全てを得た」
「それは、確かに否定出来ない事実だ」