短篇集
□バレンタインデー
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とある一軒家のキッチンのテーブルには朝食が並び、スーツに着替えた一家の大黒柱が新聞を広げていた。薄手のカーテンからは朝日が差し込んでいるせいか、電気を点けなくとも部屋は明るかった。
「はい、お父さん」
愛娘の声に彼が新聞から目を離すと、めかし込んだ姿の少女がぎこちなくラッピングされた箱を差し出していた。力が入り過ぎて、少し歪んでいる包装。これでは、スーパーマーケットのサービスカウンターに立つ事は出来ないな──と父は頭の隅で考えた。
「何だ、これは」
「もう、嫌だなあ。今日は、バレンタインデーでしょう?」
父親は新聞の日付を確認し、前日までの娘の行動を思い出す。「全く、何をやっているんだか」と自分で呟いていた事も、重ねて思い出したのか苦笑した。
「ああ……、チョコレートか。有難う」
「あらあら、先に渡されちゃったわね」
洗濯機を作動させて来た妻が笑いながら、テーブルに近付く。ドアを隔てた先の廊下の奥から、静かに機械音が反響していた。
「冷蔵庫にでも入れておいてくれ」
「はいはい」