短篇集

□不識字の城主
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 城の前で行き倒れになっていた事をきっかけとして、城主の食客になっていた男は殿に向かって文を捧げた。

今日で城を後にしようと決めた食客は、初めて殿の書院造に足を踏み入れた。

「あ、あの、えっと、あなたに御礼の文を認めたのですが」

屈強な割りに、細やかな事が得意な男だった。華道、書道、茶道のどれをやらせても、師範の方が舌を巻く程であった。

太く節くれだった指に、力自慢を思わせる厚い胸板、男らしいとでも形容すべきか四角い顔。その上、行動的とも言える様な浅黒い肌。どれを取っても、武骨な男の特徴しかなかった。

一方、城主は色白に女の様な顔立ちで、仕種や体つきも女のそれだった。城下の者は城主を指折りの文化人と思っていただろうし、城の家来共も全く同じ様に考えていた。舞を嗜み、楽器を嗜み、学を嗜んでいると誰もが思っていた。

殿は、なるべく音を立てない様にゆるりと文を広げた。

食客の男は「ああ、今御覧になられるのか」と恥ずかしくなり、思わず俯いた。普段からあまり物を言わず、姿を見掛ける事も少ないが、その場で読むとは意外にも男らしい人物だと良き解釈をしていた。
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