短篇集

□英雄殺戮
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 某城の前で倒れていた事で、その食客となった男が帰郷すると戦が始まっていた。

当然、男は戦に駆り出された。

出来れば、あの見目麗しき殿様の膝元で食客をやっていたかったとぼんやり思う。

毎日が教養に費やされ、男にとっては極楽の世界そのものであった。

だが、今は国の城主の為に戦をせねばならない。これがあの麗しい殿の為ならばと思ったが、首をぶんぶんと振って幻想を打ち払う。

俺には所詮、刀や槍がお似合いだと男は悔しく思う。俺が見目麗しく、あの殿様の様なればと。

ひゅうと飛んで来た矢を刀で薙ぎ払うと、男は自嘲気味に笑った。



「百万人殺しても、たった一人の殺したい相手を殺せないとは難儀だ」

白魚の様な指で、槍を握る例の麗しき城主は返り血で真っ赤であった。

「誠、そうで御座いますな」と何人かの腹心は、口々に言う。

城主である彼の人生も同様に、人の血で染まっている。産まれ落ちた際には母を殺し、家督争いの際には父を殺し、家来と揉めた際には兄弟を殺した。

件の食客が無事に帰られたなら良いが、と思う。万が一、彼と出会った時には殺さねばならない。それが敵味方の宿命なのだから、と槍を握り直した。
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