短篇集
□美ヶ原の鬼
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些かだが、彼の者は父に似ていたと城主は思い出す。
「御館様、お出かけになられるのですか」とまるで犬の様な食客の振る舞いに、城主は思わず懐かしさに浸る。自らの姿を見て片膝を付いた大男の頭を、犬に対するかの様に撫で回した。
「お、御館様……」
それがどういった趣向なのか皆目見当も付かず、食客はその身を硬直させたまま城主の顔を見た。しかし、愛しい者を見る様な慈愛の眼差しを感じた男は、美しき城主の微笑に目眩を覚える。
「隣国の大名に、顔を合わせなければならないのだ。もしかしたら、戦になるやもしれん」
未だに硬い髪を撫でながら、裃姿の麗しき城主は複雑な表情を浮かべていた。洗いざらしの着物姿の食客の男は城主の目を見ながら、細い指の感触に安らぎと心地良さを得る。
「そ、某が、お供仕りましょうか」
「いや、それには及ばんさ。お主は客人故、ゆるりとされよ。だが、万が一、敵襲があった時には城を頼む」
「ははっ」
犬の様な男が慌てて頭を下げると、「では、行ってくる。留守を頼むぞ」と言って廊下を歩いて行った。