夢拾参夜

□第漆夜
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ぼくは、水槽に目を移した。ごく普通の、何の変哲も無い魚だった。姿形だけに注目すれば、鮒に近い。しかし、平均的な鮒のサイズを軽く超えている。いや、普通の魚ならば溺れるということがありえない。

――パシャン。

 濁った水の中、確かにその鮒らしき生き物は溺れた。本来、水中でしか生きることが出来ない魚が。その姿は酷く滑稽だった。水飛沫を上げ、懸命にもがく。
「あんたが欲しがるはずだ、あんたに瓜二つだもんなぁ」
「ぼくに……、似ている……?」
ぼくは水槽に顔を近付けた。もしも、魚に表情があるとしたら悲しそうな顔をしていたとでもいうのだろうか。それはぼくの方を見て、口をパクパクさせ、何かを訴えているようでもあった。
「そうさ、そっくりだ。アップアップして、既に溺れているようなもんだよ」
老人はにやにやと笑いつつ、水槽を小突き続けていた。まるで、「このあんたの分身がどうなろうと知ったこっちゃあないが、買うなら早く買わないと」とでも言っているようだった。

「この溺れる魚、……下さい」
ぼくは、静かに溜め息を吐いた。
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