Patissier's Valentine


 パティシエといえば、現在はテレビにも大々的に取り上げられる職業で華やかなイメージを人は持つだろう。

「はい。では、まずガナッシュから。目の前に、こちらが用意したチョコレートが三種類ありますね。本日はブラックとホワイト、それからミルクです。これらを細かく刻み、それぞれ湯煎で溶かします。家庭で作る際には、くれぐれも電子レンジや直に湯を注がないで下さい」
電子レンジや湯を注ぐと言った後、笑いがドッと起こる。一体、何がおかしいのか解らない。
まな板の上に置かれたブラックチョコレートを、手本として刻んで下段には湯・上段にはチョコレートを入れて溶かしていく。そして、傍に置いてある生クリームを取る。
「溶けたら、生クリームを足して下さい。入れる事によって、なめらかになります。チョコレートに対して、生クリームは半分くらいが良いでしょう」
テレビカメラが近付いて来たので、軽く避けて見せてやる。
昔は裏方、かつガテン系だったのに変わってしまったものである。しかも、最近はパティシエールという名で女の進出もある。いや、差別ではない。むしろ、喜ばしい事だ。男女差というものは、なかなか埋められない。その繊細さや華やかさは、いつまでたっても追いつけない。俺は若い男という宣伝だけで、今もテレビカメラの前で『バレンタイン直前手作りトリュフ教室』をやらされている。
「チョコレートと生クリームが混ざったら、口金の付いた絞り袋に入れます。そしたら、このチョコレートカップに入れて完成。固まって出来上がると二層になるので、それぞれの口溶けが違っています。こちらのチョコレートカップは、ぼくが見回りながら配っていきますので」
ライトの熱でチョコレート自体が心配だが、撮影自体がメインの為に注意する事も出来ない。カメラの後方にあるカンペには、『笑顔』と書いてあったが無視をする。俺は笑う為に、ここにいるわけでは無いのに。
「せんせーい、これで良いですかあ?」
チョコレートより甘ったるい声で呼ばれる事が、一々カンに障る。さっき教えただろう、と修行先ならば一喝されたに違いない。
「はい、そうです。その動作を繰り返して、完成させて下さい」
規定分だけ、円形のチョコレートカップを配る。本来ならば、この時期でも製造作業をしているだろうにと溜め息をつく。子供を連れてまで、来ようとするな。
「完成したら、オレンジピールなどを乗せたりして彩りを添えても良いと思います。その他、ホワイトチョコのトリュフにココアパウダーをかけるのも良いでしょう」
午前と午後で一回ずつ、それは三日間も続けられた。噂によれば、予約にあぶれた人といた聞く。全く、ご苦労な話だ。

 パティシエの大仕事といえば、バレンタインデーとクリスマスである。このイベントのある一ヶ月前は、本当に忙しかった。しかし、最近はふと思うのだ。
「お帰りなさい」
「ただいま」
マンションの部屋の中、焦げ臭さが鼻を突く。
「……何か、焦げ臭くないか」
「あはは……、今日はバレンタインデーだからチョコレートを作ろうと思って」
家内は、恥ずかしそうに頭を掻く。しかし、俺にとっては可愛いとも何とも感じない。むしろ、もう馴れてしまった。
「電子レンジ、直に熱湯を注ぐの次は何をしたんだよ……」
「な、鍋に入れて」
「直火か」
来年は注意事項に、直火を入れるべきか。
「で、でも、出来たからッ!」
「どれ」
玄関で包みを受け取る。しかし、不器用なのか包み自体も上手いとは言い難かった。仕方なく、ガサガサと乱暴に剥ぐ。すると、焦げたいびつな塊がその姿を現す。彼女が俺の見守る中、塊を摘んで口に押し込んだ。
「苦いな」
「うん……、焦げているからね」
けれども、どんな既製品よりも美味いと感じてしまうのは何故だろうと毎年思うのだ。



(End)






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