寂寥兎




 少し小汚いアパート、少し小汚い大学生の、少し小汚い生活内の、少し小汚い切り取り線から。ミシン目は裂いて、谷折りにすれば良い。

「……あ」
自然に涙が零れた。
兎は寂しいと死んでしまうと聞いた事があるが、それは寂しさ故だろうか。零落した涙は、何故だろうか。海亀が産卵時に涙を流すのは、体から塩分を抜く為だけだったか。では、クロコダイルの涙は何の為だったか。もう、そんな事はどうでも良くなっている。
「何で泣くの?」
同居人でもある彼女が、ぼくの顔を覗き込む。
「寂しいからだよ」
「わたしがいるじゃないの」
寂しいとは孤独、彼女の中ではイコールで結ばれたらしい。
「わたしが一緒にいるじゃない、ね?」
「ん」
ぼくは膝を抱え、うずくまる。
明るい彼女は、ぼくにとっての不安材料の一つに過ぎない。誰かが一緒にいるから、孤独では無いと言うのは浅はかだと思う。むしろ、誰かがいる事によって寂しさを覚えるのだろう。常に一人なら、寂しさなんて知らずに済んだはずだ。傷口は、段々と広がっていく。
「兎は、寂しいと死ぬんだって」さて、彼女は何と答えるだろうか。
「あら、兎は縄張り意識が強いのよ。だから、孤独では死なないわ」
彼女の笑顔は、ぼくにとっての塵労である。
「じゃあ、兎の雄が男寡になっても心配要らないな」
やはり、寂しいから死ぬんじゃないか。兎も同族に囲まれて、寂しさを知るんだ。
「そうね」

 ぼくは、兎かもしれない。寂しい寂しい、雨の降る林で咽び泣く事も出来ない寂寥兎。

(了)






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