サヴァ小説1

□ビバークの夜
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「何だよ、また、コレかよっ!!」

洞窟の中で、ハワードの金切り声が飛んだ。
焚き火にかけてあった鍋の蓋を、メノリが開けたのを横からハワードが覗きこんで大声を上げたのである。
あまりの騒々しさに、メノリの眼差しはとげとげしいものに変わる。

メノリ「何を言うか。これはお前が見つけたサツマイモだろう」

メノリは鍋の中をおたまでかき混ぜ、見れと言わんばかりにイモをすくってみせる。

ハワード「少しは料理法を考えろっ!ずっと塩っけもない煮物ばっかじゃないかっ!」

しいて言えば、イモの種類がゆうべから変わったということぐらい。

ルナ「そんなこと言ったって、調味料は塩しかないし、それに塩だってそんなにないのよ。ね、シャアラ」
シャアラ「うん…」

焚き火を囲んで座っていたルナとシャアラの二人は、困った顔でハワードを見つめた。

シャアラ「ハワード…、明日はスープを作るから、今日はこれで我慢して」

シャアラは右手を押さえて、ハワードに申し訳ない顔で告げた。
本来ならば、今日の食事当番はシャアラだった。
甘みのある食材に、シャアラは朝からどんな料理にしようか楽しみにしていたのであるが、

メノリ「…シャアラは怪我をしてるんだ。文句を言うな、ハワード」

急遽メノリが食事を作ることになり、彼女でも作れる塩煮となったのである。
シャアラの顔つきに、ハワードは怒っていた顔もトーンダウンして、鍋の中でグツグツと揺れているサツマイモを見つめた。

ハワード「ったく、ドジだな〜。〜大事にしろよ」
シャアラ「ごめんね…」

肩を落とすシャアラへと、ルナが目を向ける。

ルナ「結構青くなっちゃったね。やっぱりもうちょっと冷やしておこうよ」
シャアラ「ありがとう、ルナ」

ルナはマントを着込むと、桶を手にして洞窟の前を流れる川まで汲みに行った。
シャアラは、日中の作業で薪割り中に、割った木が跳ね返り、勢いよく手にぶつかってしまったのである。
すぐにルナは戻ってきて、冷たい川の水に浸したハンカチを、腫れた手の平にのせた。

ベル「しばらく重いものは持たない方がいいよ。無理はしない方がいい」
シャアラ「うん…」
アダム「シャアラ、いたい?」

後ろから窺うように顔を出して、アダムが訊ねる。

シャアラ「大丈夫よ」

心配してくれることに、シャアラはジクジクと痛むのを我慢して、にこっと微笑みを返した。


食事を終えると、シンゴとチャコはまた通信機の作業に戻った。
遺跡で失敗してから、いっそうのめり込んで作業している二人なのである。
その反対側である扉の前のスペースで、カオルもノコギリとロープ、そして枝を用意して座り込んだ。
しなる枝を力ずくで曲げて輪を作り、輪が広がらないようにロープでしっかりと結んでいる。

ハワード「おいおい、あっちこっちで作業なんかされたら、せまっ苦しいだろがっ!」

そのボヤきに、双方とも反応せず、黙々と作業を続けていく。

ハワード「ちっ」

ハワードは不満のあまり舌打ちして、唇を突き出して腕を組んだ。

メノリ「カオルは何を作ってるんだ?」
ルナ「さあ…」

はじめは矢でも作るのかと、思っていたルナたちであったが、どうもまったく別のものみたいで、
何ができるのかと、不思議そうに見守るのであった。

それから一時間ほどが経ち、納得のいく仕上がりになったのか、カオルはそれを靴の下に敷き、
適度な長さに切ったロープで、それと靴を固定した。

ベル「わかった!それ『カンジキ』だね!」
ハワード「『カンジキ』?何だよ、それ」

ベル以外の者は、思わず首を傾げた。
はじめて耳にする言葉である。
カオルは両足に『カンジキ』を取り付けると、マントを羽織り、扉に手をかけた。
メノリは立ち上がり、声を荒げた。

メノリ「カオル。もう外は暗い。やめておけ」
カオル「使えるか試すだけだ。すぐに戻る」

そう言うなり、カオルは出て行ってしまった。
注意を受け入れないことに、メノリはムッと顔をしかめて、また丸太のイスに座り込んだ。

シャアラ「ね、ベル。『カンジキ』って何?」
ベル「あ、うん。アレをつけると、雪の上を歩くとき、足がはまったりしなくなるんだ」
シャアラ&ルナ「へ〜〜〜」

二人は感心した声を揃って上げた。

ベル「やっぱり、カオルは雪のあるところに住んでたことがあるんだね」

ベルがうなづきながら話す内容に、ルナがキョトンとした顔を向ける。

ルナ「やっぱりって、どういうこと?」
ベル「前にね、ここを作っていた時に、雪が降る話をしたら、カオルは『あの家では暮せないな』って言ってたんだよ」
ハワード「それがどうしたんだよ?」
ルナ「カオルは雪がどんなものか知ってたのね」
ベル「うん」

そう答えをはじき出したベルに、メノリは首を傾げる。

メノリ「ベル。前に、カオルは火星出身じゃないかって話をしてなかったか?」
ルナ「え、火星? でもメノリ、火星では雪は降らないわ。ロカA2と同じコロニーだもの」
メノリ「…考えてみたら、カオルのこと、よく知らないな…」

そうつぶやくメノリの言葉に、シャアラは目を伏せ、ハワードは興味をそそられた。

ハワード(何だよ、アイツも雪が降るようなへき地出身なわけ?)

意地の悪い笑みが口元に浮かんでくる。
そこにキイィと扉が軋むような音を立てて開き、冷気と雪をともなって、カオルが戻ってきた。

ルナ「どう?履き心地は。それを足につけると歩きやすいの?」

ルナは立ち上がると、体についた雪を払っているカオルのそばへと寄っていった。
ベルにアダムも同じようにそばに寄る。

ベル「オレも、それを手本に作ってみてもいいかい?」
カオル「ああ」

カオルが外したカンジキをベルは手に取り、目を細め笑みを浮かべた。

ベル「懐かしいなぁ」
ルナ「懐かしい?」
ベル「こういうのを履いて、子供の頃、よく雪の中を歩き回ったりしてたんだ。カオルもそうなんだろ?」
カオル「…オレは、履いたことはない」
ベル「え?そうなの?」

カオルの答えに、ベルはがっかりした顔となった。
大人用のカンジキしかないからと、抱っこされて雪の中を歩き回った思い出からとはカオルは言わない。
というか言えない。

ルナ「ねっ、私も履いてみていい?」
アダム「ボクも〜」
メノリ「…この天気だぞ、ルナ。明日にした方がいい」

後ろからメノリの不機嫌な声が届いて、ルナは背を正した。

ルナ「あ…、じゃ作り方教えて?こういうのがあった方が便利よね」
アダム「ボクもほしい〜」

カオルが作ったカンジキを見本にして、見よう見まねでベルとルナはカンジキを作った。
カオルは黙々と作るだけで、教えるということをしてはくれなかったからである。
そうして、夜は更けていった。


その翌日から、カオルは、矢尻に先の尖った石をつけ、羽根のついた矢を持って、弓を手に狩りに出かけた。
石槍では、獲物に追いつかないからである。
ルナたちも手分けして食料探しを行ったが、雪の積もった森に、食料となるものは見当たらない。
そして、とうとう湖に薄っすらと氷が張っているのを目にした。
寒さは一段とひどくなっている。
どこまで寒くなるのだろうか。
途方に暮れて、食料探しを終えて戻るルナたちである。
この寒さに、さすがのカオルもいつもよりも早くに戻ってきた。


アダム「…さむいね」

アダムはもみじみたいな小さな手を焚き火にかざしていた。

メノリ「とうとう湖の岸が凍ってしまったぞ」
ベル「うん…ひどい冷え込みだね」

ベルは換気口に目をやった。
外との温度差に、長いツララが下がっているのが見える。
明日にでも、また落としておかなくては。
冷え切った体を火にかざしながら、皆、深いため息をこぼした。
この頃は、皆のため息をつく回数が一気に増えた。

ルナ「はい、皆。ちょっとよけてねー。鍋を運ぶから」

食材を切って鍋に入れ終えたルナが、蓋を閉めて振り返って皆に声をかけてきた。

メノリ「じゃあ、運ぶのを手伝おう。シャアラは無理するな」
シャアラ「あ、ありがとう」

鍋を一緒に持とうとしていたシャアラに、メノリはそう告げてやってくる。
二人で運んで、鍋を火にかけた。
後は煮えるのを待つだけである。

ハワード「シャアラ、今日は何のスープだ?」

ハワードは嬉しそうに鍋を見てからシャアラを向いた。
食事の時だけ、生き生きとしているハワードなのである。

シャアラ「…えっと、サツマイモと干し肉のスープよ」

その言葉に、ハワードの顔が一気に曇る。

ルナ「うん。いつものイモのスープとはまた違った味になると思うわ」
ハワード「ほとんど同じだろ!味付けは塩だけなんだからなっ!」
メノリ「ハワード!二人に当たるな。何をイライラしてる。食べられるだけましだと思え」

ハワードはムッとした顔で、メノリを振り返った。

ハワード「イライラするのは当たり前じゃないかっ!こんなトコに閉じこもってばかりじゃ」

洞窟の奥では、シンゴとチャコが作業をしていた。
二人の周りには、色んな部品が散らばっている。
そして扉の前のスペースでは、ベルが石斧を修理しているところであった。
男女8人に、ロボットペット、総勢9人がこの洞窟で身を寄せ合うように暮している。
だが、それは仕方のないことなのだ。
ハワードの不満に、嫌な雰囲気が充満してきた、そんな時である。

カタ。
丸太イスから立ち上がり、マントを羽織りはじめたカオルに、ルナは目をとめた。

ルナ「カオル、どこ行くの?」
カオル「…薪をとってくる」
ルナ「薪?あ、だって、今日の当番が…」

いつも薪を積み上げてあるところを見つめた。
何故か薪が少ない。

ルナ「あ、あれ?」
メノリ「今日の当番は、ハワード、お前だったな」

メノリはジロリとハワードを睨みつける。

ハワード「あっ、あれ〜?今日はずいぶん使ったんだな〜」

パタン。

アダム「いっちゃった…」

話が終わらないうちに、カオルはノコギリを手に出て行ってしまったのである。

メノリ「ほら、ハワード、お前も行くんだ」
ハワード「ええっ!?」
メノリ「当番は当番だ」
ハワード「もうすぐご飯が出来るってのに〜〜」

目の前にはお楽しみの食事があるってのに。
ハワードは、蓋の隙間から漏れる湯気を名残惜しそうに見つめる。

ルナ「ハワードぉ?」

声に見上げたハワードの目に、笑顔のルナが映った。
そうこの妙な圧力を感じる微笑みは…、切れる寸前の笑顔。

ハワード「ちっ。わかったよぉ」

渋々立ち上がると、マントをはおった。

ハワード「シャアラ〜、スープが出来上がったら、すぐに呼びに来てくれよ〜」
チャコ「何うだうだ言うてんねん。さっさと行け〜!」
ハワード「先に行ったのカオルだぞ。アイツなんか、ずっと、ずうう〜っと薪を切り続けるぞ!アイツは寒いの平気なんだからなっ!」
シンゴ「そんなことないって。でも、何でシャアラに頼むのさ?」

思わずシャアラもコクリとうなずく。

ハワード「だってさ、メノリやルナだったら、いくら待たせておいても寒さに強いから、カオルは切りのいいとこまでやるだろ!」

パタン。
ハワードは騒々しいままに出て行き、扉が閉まった。
通信機を前に、チャコは腕組みをして、閉まった扉を見て苦笑いを浮かべた。

チャコ「アイツ結構計算高いなあ〜」
シンゴ「人となりを、ちゃんと見て知ってるんだね」

配線のくみ直しをしつつ、シンゴがつぶやく。
そして、ルナとメノリは、引き攣った顔で焚き火にかけた鍋を見ていた。
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