サヴァ小説1

□ほんものの自然の中で
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ルナはハッチのロックを外して、扉を上へと押し上げ開く。
ハシゴを昇り、ルナとチャコは上半身を乗り出して、外の景色を眺めた。

ルナ「うわ〜、気持ちいい風〜」

潮風が髪を揺らし、頬を撫でていく。
その心地よさに、ルナは目を閉じ、その風を感じ入った。

チャコ「どうやら本物のようやな」
ルナ「うん。本物の太陽に、本物の海、本物の雲、本物の風…」

シャトルの周りには、青く澄んだ海がキラキラと輝いていた。

ハワード「ボクにも見せろっ!」

そんなに幅のないハシゴを昇ってきて、ハワードもハッチから上半身を突き出してきて、外を眺める。

シャアラ「見せてっ、見せてっ」
シンゴ「ボクも見た〜い!」

さらに二人が上がってきたため、ハッチはギュウギュウな状態になった。

シャアラ「うわ〜、きれーいっ!」
シンゴ「確かに本物かもよ」
ルナ「でしょ、でしょ〜!」

見上げる空に、風に吹かれて雲が流れていくのだ。
コロニーの写し物の空とはまったく違う、まさしく本物の空である。
その光景に、皆心躍らせて見入った。

メノリ「誰か降りて、私にも見せろっ!」

楽しんでいる四人と一匹には、そんな下からの訴えは届かないのであった。
聞こえないまま、四人は話を続ける。

ハワード「本物の海ったって、デカい水たまりだろっ」

遠く連なる水平線を目で追っていたシャアラは、ハッチの扉向こうの景色に目を見張った。

シャアラ「あっ!あれっ!!」

その声に、ルナは体を引き抜きシャトルの屋根に出て、シャアラが指差す方角を追った。

ルナ「あっ!陸地だっ!」

シンゴも体を乗り出し見上げる。
ハッチに隙間が出来て、メノリ、ベル、カオルもようやく上に顔を出した。

シンゴ「陸だっ!陸だーっ!!」
ルナ「緑があるわっ」

全員がシャトルの屋根に乗り出て、目の前に広がる陸地を眺めた。
陸地には高くそびえる山や、山すそに広がる青々とした森が茂っている。

シンゴ「うん。生き物もいるかもしれない」
ハワード「泳いで渡れねーのか?」
メノリ「危険だ。それに遠い」
シャアラ「私も本物の海で泳いだことなんてないわ…」

波が上下して底知れなく青い海に、シャアラは眉をひそめ呟いた。

シンゴ「そうだ!シャトルに何か装備があるかもしれないよ?」
ルナ「手分けして探してみましょう!」

シンゴ、ルナ、シャアラ、チャコ、ハワードら先に昇っていた者たちは、次々とシャトルの中へと戻っていった。
途端に静かになった。
海の音が、自然そのままの音が辺りに満ちた。
潮風に髪を揺らしながら、カオルは眉をひそめて陸地を眺めていた。
青くキラめく波の向こうに、白い砂浜と青々とした緑が茂っているのを、目を細め、口元を歪め見入っていた。

メノリ「…?どうか…したのか?カオル…」

かけられた声に、ハッとメノリを横目で見やると、カオルは静かにハッチの中へと入っていった。

メノリ「…よくわからないやつだ…」

カオルの後ろ姿を見送り、ボソっとメノリは呟いた。
そのメノリの声に、ベルはチラリとメノリを見たが、すぐに目の前に広がる陸地へと目線を戻した。
口には出さなかったが、ベルは本物の自然に感動していた。
映像でしか見たことがない、海や太陽や雲が、目の前にリアルに存在していることに。
コロニーでは感じられない、風に混じる香りに、ベルの心は高鳴った。
自分達が置かれている状況への不安は強かったが、それを吹き消すほどの喜びを、本物の自然が与えてくれているように感じて、その場を立ち去りがたかった。
ところが、感動はハワードの一声に色を失う。

ハワード「何してるんだよっ!!ベルっ!!」

ハッチの中からの怒鳴り声に、広がり始めていた心は、一瞬で萎んでいった。
ベルは暗い顔つきで、下へと降りていった。

メノリ「……」

そのベルの顔色の変化を見ていたメノリは眉をひそめた。

メノリ「何故ああも従順なのか…!」

ハワードの我がままぶりは嫌いであった。
ハワードとその取り巻きたちは、いつもクラスの風紀を乱していたからだ。
メノリの目にも、その取り巻きたちとは異質なベルの存在は不思議に映っていた。
悪ふざけをするハワードと取り巻きたちを困った顔で見ながらも、後についていくベル。
NOと言えず、本心と違う行動ををするベルは理解しにくかった。

考え込むメノリに、風が強く吹きつく。
やわらかな布地のスカートを揺らし、メノリの長い髪をまきあげるように吹いた。
自然の風に吹かれて、メノリの心に急に不安が涌いた。

目の前に見える緑あふれる陸地。
それ以外には、青い海が広がっていた。

色鮮やかなその光景は、とても美しかった。

メノリは、生まれてはじめてこのような風景を目の当たりにした。
この大いなる自然の中で、小さな避難シャトルの上に立っている自分が、とても頼りない存在に思えた。
しかもシャトルは壊れて、救難信号も出せない状態なのだ。
子供ばかりの、しかもたった七人とロボットペットが一匹のパーティーなのだ。

メノリは必死に昔読んだ本の記憶をたどる。
救助が来るまで生き延びるためにどうしたらいいのか、この心に浮かんだ不安を取り除くであろう有力なる情報を思い出そうとしていた。

(…リーダーとして的確な情報を与える。…リーダーとして、このバラバラな個性あふれる人間達をまとめるのだ。旅行前にスペンサー先生に頼まれた通りに…。私なら出来る、そう言ってくれた…。それを信じよう)

メノリは目を伏せ、深く息を吸い、ゆっくりと不安を押し出すように息を吐くと、ハッチを降りていった。
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