サヴァ小説1

□火星から来た女の子とロボット
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出発便や到着便のアナウンスがひっきりなしに響いている。
そして行き交う沢山の人々。

綺麗に整備されている広い到着ロビーに、今しがた着いたばかりの、ルナとチャコは物珍しそうな顔つきで立っていた。

肩にはかからない長さのオレンジ色の明るい赤毛を揺らし、ルナは顔を輝かせてグルリと辺りを見渡す。
青く大きな瞳は、これからはじまる生活に、生き生きした輝きを放っていた。
スポーティーな黄色いジャケットに、茶色のミニスカートを合わせていて、その背には、少し合わない古びたリュックが背負われていた。
まだ幼さの残るこの少女は、14歳であった。
そして、少女の足元にちんまりと立っているのがチャコ。
ピンク色のネコ型ロボットペットである。
世間一般に広く飼われているペットロボットとは大きく異なり、時にはルナの姉のように、もしくは親代わりになって、ルナに向かって説教めいた事を喋るのである。


二人で過ごしてきた年月は、もう八年となっている。
ルナにとって、この風変わりなロボットペットは、家族そのものであった。

「ほえ〜、さすが、ロカA2のエアポートやな。ピカピカや!」
「うん、そうね。火星のエアポートは、どちらかというと、どっしりした感じ、だもんねっ」

ルナは、ほんの数時間前に居た火星のエアポートを思い浮かべた。
長く暮した火星が、シャトルの窓から小さくなっていくのを目にした時は、感傷的になり心が少し痛くなった。
けれど、これから暮す新しい街でのことを思い描いてここまできたのである。

「さァ!これから暮すコロニーへ向かって、行くわよ〜!」

ルナは右腕を曲げて、ガッツポーズを決めると、チャコへと元気な笑顔を向けた。
そして二人は、エアポートとコロニーロカA2を結ぶ路線に乗るべく、直結のエアステーションへと歩き出した。
軽やかに歩いていくルナの速度に合わすべく、チャコは足の回転を速めて、二人は並んで歩いていく。


やってきたエアシャトルに二人は乗り込み、シートに座り込んだ。
エアポートステーションを出発すると、すぐ窓の外には宇宙が広がった。
離陸していく宇宙船の姿が見える。
乾燥した地面ばかりの地平線を、真っ暗な宇宙が覆っていた。
昼夜関係ない暗い空に、星がくっきりとした輝きを放っている。
ルナとチャコは、窓に顔を近づけて、前方を覗きこんだ。
ゆるくカーブを描く、エアシャトルのトンネルの向こうに、ドーム型の都市が段々近づいてきた。


土星の衛星ディオネにあるコロニーロカA2は、比較的歴史が浅い。
ルナたちが住んでいた火星は、人類の入植が早かったため、古くなってしまった設備を直すべく、今、改築工事が盛んに行われていた。
そことは違い、エネルギー鉱物のとれる冥王星に近い、ここロカA2は、経済発展の拠点となっていて、今、人口が伸びている新興のコロニーであった。
その活気あるコロニーへと、ルナとチャコは越してきたのである。

チャコが事前にインプットしてきたデータに沿って、迷うことなく二人はこれから住まうマンションに到着した。
黄色い外壁の、おしゃれな外観のマンションを、二人は見上げる。
中心地からやや離れ、小高い丘に立つ、数多い細長いマンションのひとつであった。
このコロニーではデザイナーズマンション造りが盛んなようであった。
時折地震に見舞われる火星のマンションとは造りが違い、ルナとチャコはいささかな不安を抱いた。

「きっと地震なんかないんだよ」

ルナは浮かんだ不安を打ち消すようにつぶやく。

「そやな。うち揺れるの大っ嫌いやから助かるわ」

そして眼下に広がる街並みを見渡した。
遠く見える向こうの丘にも、同じような形の色違いのマンションがたくさん並んでいるのが見える。

「…はじめてやな、ルナと二人っきりで暮らすのは…」
「うん…。今まで、部屋の中では二人っきりだったけど、これからは玄関の扉から二人っきりよ」

チャコは、そう呟くルナの横顔を見上げた。


ルナには両親がいない。
彼女が6歳の時、母親は病気で亡くなり、8歳の時、父親は事故で亡くなった。
それ以来、児童支援センターが彼女の『家』であった。
センターとはいえ、ちゃんと一人につき一室が与えられていた。
そのセンターは、労働災害で親を失い、身寄りのなくなった子供の保護・育成を目的としていて、不自由なく暮らすことが出来た。
普通に学業を修めるだけであれば、文句のないシステムであったのだが、ルナには叶えたい、いや、必ず叶えようと願う夢があった。
そのため、より高度な学校へと進み、目的に見合う大学を出る必要があった。
ルナは勉学に励んだ。
彼女の努力は実を結び、このコロニーの有力者であるハワード財団の奨学金を受けることとなったのだ。
このコロニーにある名門ソリア学園への編入が決まり、生活費として、成人するまで労災資金も受けることが出来る。
センターを出て、あこがれの二人暮らし、もとい一人と一匹暮らしが始まるのである。
住み慣れた、思い出があふれている火星から、夢を叶えるためにやって来たルナは、感慨深くマンションを見上げ、そして眼下に広がるコロニーの景色を眺めながら、両手を広げて、大きく息を吸い込んだ。
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