サヴァ小説1

□青い瞳と青い空
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『親友のため』いつもの弱気な気持ちを押しやって、シャアラはチャコと葛の根を探しに出かけた。
ベルとシンゴはヨモギを。
カオルは海鳥の卵を。
ハワードは果物を。
それぞれが、目的のものを探すべく『みんなの家』を後にした。

晴れ渡っていた空に、どんよりとした雨雲が立ちこめてきた。
ゴロゴロと雷の音が混じり、ポツポツと雨が降り始める。


女子部屋では、メノリが桶に水を汲んできて、ルナの額にハンカチを濡らしてのせた。
ルナの隣のベッドに腰掛けると、心配そうな眼差しを注ぐ。

メノリ「…ルナ…、頑張りすぎだ…」

その小さな呟きに、ルナは朦朧としながら瞼を動かした。

ルナ(…頑張り…すぎ…?…誰…?前にも…)

ルナ「……チャ…コ…」

そのかすれた小さな声はメノリに届いて、メノリはルナへと身を乗り出した。

メノリ「チャコは出掛けてる。…どうかしたのか?」
ルナ「……」

返事はなく、ただ荒い息遣いだけが繰り返された。

メノリ「…眠ったのか…」



『ルナっ!頑張りすぎやで!』

チャコはすごんで腕を組むと、せっせと部屋の掃除をしている小さな女の子に大声を上げた。

ルナ『…キレイにして、お父さんを驚かすの!』

チャコの言葉に動じることなく、掃除機を動かすのである。

チャコ『充分キレイやで!昨日も、その前も、その前の前もしとったやろ!』
チャコ『うちもおるんや、子供はさっさと寝るんや!』

カチ。
掃除機の音が止まり、ルナはテキパキと掃除機を片付けると、パソコンの前に座った。

チャコ『…今度は何や?』
ルナ『勉強するの!子供が勉強するのは、文句ないでしょ!』
チャコ『………』
チャコ『お父ちゃん、帰ってくるのは三日後やで?今からそんなんやと、体壊すで、ルナ…』

チャコの心配は的中し、父が帰ってくる日にルナはダウンして、高熱を出した。

チャコ『−…言った通りやろ、ルナ?』
ルナ『う〜ん…、お父さんのお迎えに行かないと〜…』
チャコ『行かれへん!!』

ベッドから起き出そうとするルナの頭を、必死にチャコは押さえた。
小さな女の子、とはいえ八歳のルナは、チャコよりずっと大きいのだ。

チャコ『おとなしくしてないと、熱も下がらへんし!お父ちゃんかて心配するやろ!薬、買いにも行けへんやろ!』

チャコに怒鳴られ、ルナはしゅん…と静かになった。

チャコ『…ったく、頑張りすぎやで』
チャコ『学校行って、家の事もやって、遅くまで勉強して…。そんなん、体壊すの当たり前やろ?ルナはまだ子供なんやから!』

チャコはここぞとばかりに説教をする。

チャコ『せっかく今日から長期休暇に入ったってのに、熱出すんやからな〜』
ルナ『……チャコには…』
チャコ『あ?』
ルナ『チャコにはわかんないよっ!!』

声を張上げると、ルナは頭まで布団をかぶり、その勢いでチャコはベッドから落ちた。

チャコ『あたた〜…。急にヒドイやろっ、ルナ』

ひっくひっく…としゃくりあげる声とともに、ルナを覆う布団が揺れた。

チャコ『…ちと言い過ぎたようやな…。ごめんな、ルナ…』

返事はなく、チャコはふぅ…とため息をついた。

チャコ『…うち、薬買ってくる。ルナ、おとなしく寝とってや』

そう告げると、チャコは静かに部屋を出て行った。

ルナ『……チャコにはわかんないよぉ…』

ポロポロとルナは涙をこぼした。
父の帰りがどれほど待ち遠しいのかを、その淋しさを、心細さを…チャコはわからないのだ。
チャコと居ると楽しい。
けれど、父が居るのと居ないのとでは違うのだ…。


『ルナ、大丈夫かい?』

寝入っていた目を開けると、父が屈んで自分を見つめていた。

ルナ『…お父さん…、帰ったの…?』
父『ちょうど今ね。じきに熱は下がるだろうって、チャコが言ってた』

父の大きな手で頭を撫でられ、ルナは熱で苦しい顔に笑みを浮かべた。
うれしいのに、涙がこぼれた。

父『どこか苦しいのかい?ルナ』

ルナは顔を横に振った。

ルナ『…チャコ…、怒ってなかった?』
父『いや…。心配してたよ。ケンカでもしたのかい?』
ルナ『…後で…、あやまる…。チャコに…』
父『そうだね。じゃ、ルナはもう少し眠った方がいい』

父は小さく微笑むと、屈んでた体を起こそうとした。

ルナ『待って、お父さん!』

離れていく手を、ルナは両手でしっかりと掴んだ。

ルナ『行かないで…!お願い、お父さん!…ひとりはやだぁ…』

涙がボロボロとこぼれて、熱のある頬を流れていった。
一生懸命いい子でいようと頑張っていたのに…。
心配かけないようにしていたのに…。
押さえていたものが、一気に口をついて出てしまった。

ルナ『うっ…、えっ…』
父『…ルナ…、お父さんは傍にいるから、ゆっくり休みなさい』
父『元気になったら、前に話した所に行こう。次の仕事が入るまで、お父さんも休暇だ』
ルナ『……本当…?』

泣きはらした目を上げると、ルナと同じ青い瞳を細めて、ニッコリと父は微笑んだ。

ルナ『やったあ!!』

ベッドから飛び出し父に抱きつくと、その勢いでルナは目を回し倒れた。

父『ああーーっ!!ルナーーーっ!!』


それから数日後。
元気になったルナは、父と連れ立って、旅行のための買い物をしに出掛けた。
父と二人っきりを満喫できるようにと、留守番をかってでたチャコに感謝しながら。

その帰り道、夕暮れの公園でルナはふと足を止めた。

父『ルナは夕暮れの公園が、本当に好きなんだなぁ…』『…お母さんと同じだな…』

母を見送ったあの日と同じ、いつもの夕日が街を照らしていた。
二人並んで、じっとその風景を見つめていた。

父『…ルナ…、あの歌を歌って…』
父『お母さんが、よく歌っていたあの歌…。覚えているかい…?』
ルナ『うん!いいよっ』

ルナ(歌…?…お母さんの歌…?…いや…、歌わないで!)

父の物悲しい笑顔が、夕日に照らされていた。

ルナ(ダメっ!歌わないでっ!!)

夕日も、街の景色も、父の姿も、渦を巻くようにまわり始める。


「おいっ!ルナっ!大丈夫かっ!?」

急に苦しみ出したルナに、メノリは桶の水を部屋の窓(壁の穴と言うべきか)から捨てて、枕元に持ってきた。

ルナ「んっ…、気持ち悪い…」
メノリ「吐いた方が楽になる」

ルナは言われるまま、差し出された桶に吐いた。
夕食後以降、何も口にしてなかったので、出たのは胃液だけだった。

ルナ「…ごめん…」

肩で息をしながら、ドサ…とベッドに臥した。
高熱のせいで目が回る心地が気持ち悪いルナである。

メノリ「気にするな…」

静かなメノリの声にルナは安堵して、また眠りについた。
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