サヴァ小説1

□友達なんかじゃない
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シンゴ「東の森へ行かないっ!?」

ガタンと音を立てて、シンゴが腰を上げる。

メノリ「誰も行かないなんて言ってない。しばらく延期しよう、って言ってるのだ」
ベル「ルナの体も、まだ本調子じゃない」

二人は声を荒げたシンゴへ、冷静な口調で答えた。

チャコ「それに、最近は、例の声も聞こえへんみたいやしな」
シンゴ「だったらっ!ルナは待ってればいいじゃない! 見てよ、コレ!」

シンゴはおもむろに、ポケットからナノプラントを出して見せた。

シンゴ「もう一度調べたんだけど、本当に凄いんだ!」
  「何か、ほとんど電気がなくても動くし、この部品だって、信じられないくらいコンパクトに出来てる!」

そう語るシンゴの顔はどんどん輝いていく。

シンゴ「とっても進んだ文明を持った人間がいるかもしれないんだ!」
メノリ「そんなことはわかっている…!」

メノリの抑えた鋭いひと言に、シンゴは顔色を変える。

メノリ「忘れたのか?東の森には、何メートルもある生き物がいるんだ!」
シンゴ「っ! やっつければいいじゃない!どうしても行きたいんだよっ!!」

シンゴは粘った。
シャトルには、もう使えそうな部品はない。
この未知なる部品に、シンゴは可能性を見出していた。
帰るために、これ以外に使える部品があるかもしれない。
見たこともないこの部品を作り出した高度な文明が、その遺跡の中にあるかもしれない。
そう思うと、シンゴはいてもたってもいられなかった。
東の森に、本当なら、昨日の朝、ルナが熱を出さなければ向かっていたはずだったのだ。

ハワード「やめとけ、やめとけって」

興奮しきっているシンゴに、ハワードはシンゴを見やって、手を扇ぐように振りつつ言った。

ハワード「お前なんか、アイツら見ただけで、腰抜かすさ〜」
シャアラ「ルナたちだって、例の声が聞こえなかったら、どうなっていたかわからないよ」

崖下にいた巨大なカニの姿を、鮮明に思い出して、シャアラはブルッと身震いした。

カオル「…あせって行く必要はない…」

そうつぶやいた隣に座るカオルの静かな横顔を、シンゴは見やった。
今日一日一緒に行動していた自分に、カオルは賛同してくれないことにシンゴはガッカリした顔をする。

ルナ「ごめんね、シンゴ…。私のせいで…」

皆に反対され、歯噛みするようなシンゴの顔に、ルナは申し訳ない気分で一杯であった。
通信機を直すために、シンゴがどれだけ心血注いで挑んでいるかを知ってる分、余計に辛かった。

チャコ「ルナが謝ることないがな」
ルナ「でもォ」
メノリ「遺跡は、ルナが体力を回復して、声が聞こえるようになってから行く。それでいいな…!」

メノリの発言に、皆はうなづく。
シンゴだけはうなづきを返さなかった。
メノリは、不満に満ちたシンゴの顔をじっと見つめる。

メノリ「いいな、シンゴ…!」

念を押すように、強めの口調でメノリは言った。
そのひと言に、シンゴは口元を歪めた。
東の森に行くことを、諦めきれない。
けれど、たった一人で向かうには、あまりにも危険すぎた。

シンゴ「〜〜〜〜っ。わかったよ…!」

誰も賛同してもらえない以上、メノリの言うとおりにうなづくしかなかった。


行けない。
そう拒まれると、ますます遺跡に行きたい気持ちが増していった。
遺跡を守る巨大なカニに、これだけのものが埋め込まれていたということは、その遺跡の中には、もっとすごいものがあるに違いない。

シンゴは早々にベッドに入った。
今すぐにでも遺跡に向かいたい気持ちは、メノリにクギを刺されても目減りすることはなかった。
目を瞑りながら、シンゴは頭の中で計画を練り始めた。
遺跡への道のりは、地図で確認済みだ。
どんなに茂った森だろうと、川に沿って下っていけば遺跡にたどり着ける。
メノリが言う巨大な生き物は確かに怖い。
大きく凶暴な生き物に対する恐怖心はある。
けれど、それ以上に、遺跡にあるかもしれない高度な文明への好奇心の方が勝っていた。

シンゴ(…絶対行ってやる。行って、通信機を完成させるんだ…!)

シンゴは夕食時の皆の顔つきを思い返していた。
同行するのに有能な人物であるカオルもベルも、延期には賛成だった。
そのどちらか一人に、この自分の計画を告げても、反対されるのは目に見えてわかる。

シンゴ(…だとしたら…)

シンゴは瞑っていた目を開き、斜め上の空間ではみ出して揺れている手を視界に入れた。


かくして数時間後。
まだ夜明けには遠い時刻。

ギシ、ギシ…
幹の軋む音に、シンゴは目を覚ました。
考え事をしているうちに、眠ってしまっていたらしい。
暗がりの中、ペッタペッタと靴音が遠ざかっていった。
シンゴがそっと目を開けると、斜め上にあるハンモックが揺れていて、そこで寝ているハワードの姿がなかった。

シンゴ(チャンス到来!)

シンゴは枕元に置いてあったメガネをかけると、静かに部屋の中をうかがった。
シンゴに背を向けるように横向きで寝ているカオルは、規則正しい寝息を立てている。
部屋の奥のベッドでは、上向きで寝ているベルも、口を半開きにさせて深い眠りについているようだ。
家の中は静まり返り、計画を実行するには絶好のチャンスである。
シンゴは足音を忍ばせハシゴを降りていった。


そして家の外にあるトイレでは。

ハワード「ん〜、はぁ〜っ、スッキリした♪」

用を足し終えて、爽やかに脱力しきった笑顔を浮かべて、ハワードがズボンのチャックを閉めながらトイレから出てきた。
寝床に戻ろうと、段を降りようとしたその時。

ザザー…

風が吹き、『大いなる木』が風にざわめいて揺れ、ハワードの後方に広がる森も順に葉音を鳴らしていった。
静かな上に暗いために、ハワードにはそれが幽霊に見えてしまう。

ハワード「うっひ」

背筋に冷たいものを感じて、思わず仰け反るハワードである。

ハワード「何で、こんな離れたトコに作ったんだよォ〜っ」

   「っ!?」

怯えきった眼に、暗い景色の中、やってくる人影が映った。
どっと冷や汗が出て、ハワードは蒼白な顔となった。

ハワード「出ったああああ!!」

出てきたばかりのトイレのドアを開けると、ハワードは急いで中へ逃げ込んだ。
ガタガタ体を震わし、涙を流しながら、内側からドアを必死に押さえる。

ハワード「ひいいいいい〜〜〜っ」

「ハワードォ…」

ドアの向こうから聞こえてきた呼び声に、「ひいっ!」とハワードは悲鳴を上げた。

ハワード「あっ、はっ、入ってますよぅ〜〜」

名を呼ばれ、ハワードの震えは全身に広がっていた。
歯はガチガチと鳴る。

「ハワードっ!」
ハワード「えっ!?」

聞き覚えのある声に、ハワードはハッと顔を上げた。
それでも、恐る恐るという仕草でドアを開けた。
そうっと開かれたドアの前には、ニコっと爽やかな笑顔を浮かべたシンゴの姿があった。

ハワード「何だ、シンゴかっ!脅かすなよォ」

見知った顔に、ようやくハワードは安堵して、滲んだ汗を拭い、ふう〜っと大きなため息をついた。


話がある、と言うシンゴに引っ張られるようにして、二人は『大いなる木』の根に腰を下ろした。

ハワード「東の森へ行くーっ!?」
シンゴ「しぃーっ!もう!声が大きいよ」

夜空には、まだ星がたくさん輝いている時刻とは言え、夜は声が響く。
シンゴに制され、ハワードは口を塞いで、しゅんと首をすぼめた。

ハワード「でも、その話は(駄目になったろ)」
シンゴ「わかってる。でも、待てないんだっ」
ハワード「待てないって…。お前、見てないからわかんないけど」
   「こ〜んなでっかいカニがっ」

ハワードは言いつつ大きく手を広げる。

ハワード「こ〜〜んなんなって」

そして手をチョキチョキと動かし、シンゴにカニの様子を伝えた。

ハワード「襲ってくんだぞ!こんなんなって!」
シンゴ「…やっぱり、ハワードも怖いのかぁ…」

シンゴはふぅとため息をこぼした。

ハワード「っはぁ?」

ハワードは手振りをするのを止めて、シンゴを見やる。

シンゴ「…ハワードだけは、皆と違うと思ってたのに…」

がっかりした面持ちで、シンゴはハワードから顔を背けていった。

ハワード「ちょっと待てよ! 誰が怖いなんて言った!」
シンゴ「じゃあ、怖くないの?」

シンゴはじっとりした値踏みするような目線でハワードを見つめた。

ハワード「当たり前だ!カニを倒したのは、ボク、なんだぞ!」

右手の親指をびっと立てて、胸元に寄せた。

ハワード「他のヤツらと一緒にされてたまるかっ!」

その時だ。
ピカリとシンゴのメガネの奥の茶色の瞳が怪しく光った。

シンゴ(計画通り!後は落とすだけ…)

ハワードに散々振り回された経験から、シンゴは学んだのだ。
押すより、引くこと。
怒鳴り返すよりも、誉めること。
命令するよりも、頼み込む方が事は容易に進むということを。
ハワードはおだてに弱い。
そこをつく。

シンゴ「だったらさ! お願いっ、ボクを連れてってよ!」

パンっと両手を合わせ、シンゴはハワードを拝んだ。

ハワード「〜〜しかしなぁ〜」

頼まれると断りにくい。
でも、ハワードの頭の中には、怒った顔をしたメノリの姿が思い浮かんだ。
躊躇しているハワードに、シンゴはさらにお願いをする。

シンゴ「ハワードみたいな強い人がいなきゃ、ボクだけじゃ無事に戻ってこられないよっ」
ハワード「…そりゃ、そうだ…」

あと一押し。

シンゴ「お願いだよ、ハワードォ…」

シンゴはこれでもかとばかりに、上目使いでハワードをうるうると見つめた。

ハワード「……ふむ…」

ここにいるメンバーに、ここまでお願いをされることがなかったハワードは、困り切った顔で唸った。
そして数秒後には、シンゴの口もとに、してやったとばかりに笑みが浮かんだ。
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