サヴァ小説1

□ベルが洞窟に家をつくるまで
2ページ/18ページ



翌朝も、雲が厚く空を覆っていて、朝とは思えないほど薄暗い一日がはじまった。
せめてもの救いは、雨が上がっていたことだけ。

シャアラ「今日もひどい天気ね…」

空を見上げて、シャアラは不安そうにつぶやく。

ベル「うん…、でも、今日なら東の森へ行けそうだね…」

雨は上がったが、今日は風がいつもよりあった。
そのため、家に火が飛び火してはいけないと、ベルはいつものところに火を熾していた。
皆は、寒さに震え、朝食をとった後も、火にあたって暖をとりながら、今日の予定を話し合っていた。

ルナ「私とシンゴとチャコで、東の森へ行ってくるわ」
チャコ「あの雲の中のキラキラ、調べてくるで」
シンゴ「それと、もう一度、遺跡の扉が開くかどうか挑戦してみたいんだ」
ハワード「そうだな〜、こう寒くちゃ、あの中は天国だよな〜」

ハワードは肩をすぼめて、冷え切った手をこすり合わせながら火にかざしていた。
珍しく東の森へと行く話に、全然行きたがる様子を見せない。

チャコ「アンタも行きたいやろ?」
ハワード「あ、今日は畑仕事がしたいなぁ〜」
ルナ「メノリとハワードは、シャトルへ行って、布の調達をお願いするわ」
ハワード「はっ!?何で、ボクがっ!?」
メノリ「お前が言い出したんだろ!」

布を調達して、人数分のマントを作ることにしたからだ。

ハワード「〜〜〜ちぇっ〜〜」

ハワードは、この広場から離れることになって、ハ〜っと無念そうにため息をついた。

ルナ「ベルは薪割りを頼むわ。それと畑仕事」
ベル「ああ。でも…、東の森に行くのに、三人だけで大丈夫かい?」
チャコ「それは大丈夫や。この寒さじゃ、動物は穴ん中で動かれへんて」

ベルは心配そうに、三人の顔を見つめていたが、チャコのひと言に頷いた。

カオル「オレは食料を探してくる」
ルナ「うん、わかったわ」

ルナは無愛想に座っているカオルに頷いて返答すると、シャアラとアダムを見やった。

ルナ「シャアラはアダムと、魚の当番、お願いね」
シャアラ「うん。できるだけ、近場で何か探してみるわ」

そして、シャアラは隣に座っているアダムへと顔を向けた。

シャアラ「アダムも一緒に行こうね」
アダム「…ウン…イッショ…」

それから一同は、温かな焚き火から名残り惜しそうに離れて、与えられた仕事にとりかかった。


落ち葉を踏みながら、ルナたちはすっかり様相の変わり果てた森を進み、ようやく東の森の奥深くにある遺跡にたどり着いた。

シンゴ「やっと着いた〜…」
ルナ「カオルが言ってた通りだったね…」
チャコ「…これは…どないなっとるんや…?」

木立ちを抜けて、ふたたび遺跡を前にして、三人は立ち尽くした。
あまりにも前とは様相が違ってしまっている。

遺跡の天辺から、勢いよく何かが噴出しているのだ。
そして、それは空へと舞い上がり、分厚い雲に吸い込まれている。
空を覆う雲の中で、それがキラキラと光っていた。

ルナ「…あれって、一体何だろう…?」
チャコ「うん。採取して、成分を分析してみなあかんやろな。ルナ、ペットボトル、出してくれるか?」
ルナ「うん」

ルナはうなづくと、背負っていたリュックをおろし、持ってきたペットボトルをチャコに渡した。
チャコはペットボトルのキャップを外すと、中の水をトポトポと地面に流し出した。

ルナ「どうするの?それで」
シンゴ「上から出てるものを、それに入れるんだよね?チャコ」
チャコ「おおぅ、正解やで!」

チャコは空になったペットボトルを小脇に抱えると、遺跡に絡みついている植物の太い根を伝って登っていった。

ルナ「それじゃ、私たちは扉を調べましょう」
シンゴ「そうだね」

ルナはこの前開いた扉の前に立った。
そして、前に開けた時と同じく、手の平を扉に当てた。
あの時感じた想い、それを再現するような心持ちで、扉と向き合った。

ルナ「んー…、んん〜……」

傍らで様子を見ているシンゴも、難しい顔でルナを見つめていた。
そのシンゴの手には、この前、ここから持ち帰ったカードが握られていた。
時間をかけて分析をしたにもかかわらず、このカードが太陽エネルギーを元に動いているということくらいしかわからないままだった。
分解すれば、何かに利用することもできそうであったが、シンゴもチャコもそれは実行しなかった。
遺跡の中の機能が停止する寸前に出てきたこのカードには、何か役割があるような気がしたのだ。
扉を開けるカギなのかもしれない。
もしくは、中の機械を作動させるキーなのかもしれない。
シンゴはルナが扉と向き合っている間、遺跡の壁に刻まれている模様を見入った。
模様に、このカードを差し込み口が隠されていないかと念入りに見つめた。
だが、そんな箇所は見当たらなかった。

ルナ「ふう…」

ルナはため息と共に、かざしていた手を下ろすと扉に寄りかかった。
何かが違う…。そうルナは感じる。
前回、ルナは謎の声に導かれてこの扉を開けた。
呼び声にこたえるように。
その声は、アダムの名を口にしてから、それきり聞こえなくなってしまったのである。

ルナ「…駄目だわ…」
シンゴ「そっか…。ボク、もう一度、一回りして調べてみるよ」
ルナ「うん。じゃ、私も、別に入り口がないか調べてみる」

そして二手に分かれて、遺跡の周りを壁伝いに歩いて調べることになった。

半周したところで、ルナとシンゴは顔を合わせ、念のため、また逆回りして念入りに見て歩いた。
例の扉の前で、シンゴと再び顔を合わせる。

ルナ「どうだった?」
シンゴ「駄目だ。完全に塞がってる」
ルナ「そう…、こっちもよ…」

この扉以外に、他に出入り口は見当たらない。
窓も何もない。
前回に入った中のフロアには、窓は一切見当たらなかった。
生活感のまったくない広い空間であった。
とはいえ、この冷え込みに、せめて扉が開いてくれれば、寒さをしのぐことが出来るのに。
そう思うと残念でならない。
二人は上を仰いだ。
白い何かが、絶え間なく放出し続けていた。
天辺にたどり着いたチャコが、それを採取すべくペットボトルを入れて、
とった空気を逃さないようキャップをしているところであった。

ルナ「チャコー!いったん、戻るわよーっ!」
チャコ「わかった、今、行くわ」

チャコは張り巡らされている木の根を軽やかにけって、二人のところへと降りていった。


そして帰り道。
巨木の茂る森を、すっかり冷え切った体を、腕で抱くようにして、背を丸めてルナとシンゴは歩いていく。
コロニー生まれの二人に、この冷え込みは厳しいものであるのだ。

ルナ「…彼らも寒いのね…」

東の森だけにいる、巨大な虫たちも、丸まって木に張り付いていた。

チャコ「んー…、ピクリとも動きよらへん」
シンゴ「こんなに急に寒くなるなんて…信じられないよっ。ちょっと前まで、あんなに暑かったのに〜」

寒さに体を震わせて二人は歩き、平然とした顔で傍らを行くチャコを、羨ましい顔で、時々見やった。

この寒さは異常であった。
熱帯の植物が、ここ数日の冷え込みに、一番ダメージを受けた。
赤やピンクといった鮮やかな色の花は色あせ、茶色く変色していた。
濃かった緑色も褪せて、力なくしぼみ始めていた。


一方、メノリとハワードは、久々のシャトルの浜辺にようやく着いたところであった。
寒さに、一歩がいつもより遅くなる。
風当たりに、ついついゆっくりとした足取りになるハワードを、メノリは叱咤しながらの行程であった。
木立ちを抜けた先に見えた海は、湖と同じで、日が射していないどんよりとした暗い青であった。
体に吹きつけてくる潮風は、湖から吹いてくる風よりも温い。
メノリは目をこらして、遠く海を眺めた。
水平線の向こう、空と海が交わるところが、キラキラと輝いている。

メノリ「…?…向こうの空は、晴れているのか…?」
ハワード「オーイ!何してんだよ! さっさと終わらそうぜ〜!」

壊れたシャトルの壁からハワードが顔を乗り出して大声で呼び、振り返ったメノリに大きく手を振った。


メノリとハワードは黙々とシートの布を剥がしていった。
この布を使って、シャアラがマントを作ってくれるのだ。
屋根を失っているシャトルの中は、潮風が吹き抜け、
いくら湖より温い風でも、すでに寒さを感じている二人の体からさらに体温を奪っていった。

ハワード「さっむーっ!ぶるぶる〜〜〜」

ハワードは、自らの体を抱きしめ、ブルブルと体を震わす。

メノリ「ぼさっとしてないで、手を動かせっ!」

何かと作業を中断するハワードに、癇癪を起こしながら、メノリはビ、ビーっとカッターで切れ目を入れる。

ハワード「はいはい、わかっておりますよーっ」

冷え切った手を擦り合せると、ハワードは屈み、メノリが入れた切れ目を掴んでビリっと一気に布を剥がした。


メノリ「よし、これで終わりだ」

メノリは最後の布で、たたんだ布を包み終えると、ハァ〜と手に息をかけた。
ハワードのようには口には出さないだけで、同じだけの寒さをメノリもまた感じていた。

ハワード「じゃ、さっさと帰ろうぜ」

その包みをハワードが手に抱え上げたため、メノリはハワードを見上げた。

メノリ「せっかくここまで出てきたんだ。何か食料になるものを探していこう」
ハワード「えーーーっ!?マントが先に決まってるだろ!こう寒くっちゃ、体に悪いぜっ!」
メノリ「……」

メノリは迷った。
早くこの布を持ち帰れば、シャアラが早くマント作りに入れる。
すでに手は冷えすぎて痛いくらいだ。
ハァ…。
メノリはため息をひとつこぼすと、すっくと立ち上がった。

メノリ「わかった、戻ろう」

家に戻ることになって、喜び勇んで先へ行くハワードの後にメノリは続いた。

メノリ(道すがら、何か食料はないか探すとしよう…)

さすがに、この寒さにメノリも妥協を選んでしまうのであった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ