サヴァ小説1

□ビバークの夜
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パグゥが群れに帰れて、その翌日。
大量の食料が手に入ったというのに、カオルは狩りに出かけていった。
小雪が舞う中に出て行ったカオルを、ルナは扉の小窓から、その姿が見えなくなっても、外を心配した顔つきで見つめていた。

ハワード「アイツも意地っ張りだよな〜!このボクの活躍がお気に召さないようだ!」

焚き火に当たりながら、ハワードは腕を組み、偉そうにふんぞり返っている。

シンゴ「『ハワード様』って呼ぶのは、誰だって嫌だよ〜」

シンゴは通信機をいじる手を止め、不満をにじませてぼやくように告げた。

ハワード「何だって、シンゴ」

ハワードは頬をひくつかせると、腕組みをほどき、座っている丸太につくと背筋を伸ばした。

ハワード「お前、ゆうべ、イモを何個食べたんだ?心のひろ〜いボクの恩恵にあやかって、ボクが見たトコ5本は食べただろ?」

ドキッと身に覚えのあるシンゴは口を押さえると、さっと通信機へと体を向き直し、何事もなかったかのように作業を再開した。
そのやりとりに、ルナはふぅっとため息をつく。
サツマイモを見つけてから、うんざりするほどこの調子が続いている。


洞窟を後にしたカオルは、石槍を手に雪がすっかり深くなった森を歩いていた。

辺りは一面真っ白な雪景色である。
崖の上も、木の葉の上にも雪が積もっている。
そして淀んだ雲の厚い空から、ゆっくりと雪が舞い降りてくる。
カオルはその光景をしばし見入った。
その風景は、ずいぶんと前に見た景色と重なって見えてくる。

ガサ。
突如茂みを覆う雪が落ち、中から茶色い動物が飛び出してきた。
トビハネだ。
カオルは前方に現れたトビハネを目にすると、すぐに後を追った。
トビハネはピョンピョンと雪面を軽く飛んで逃げていく。
かたやカオルは、やわらかな雪に踏み込む足が沈み、いくら足の速いカオルとはいえ、少しずつ距離が出てきてしまう。

カオル「っ!!」

ズボッと大きく足がはまり、勢い余ってカオルは雪に突っ伏した。
そんなカオルをあざ笑うかのように、トビハネは何度も振り向きながら、森の茂みに姿を消していった。

カオル「ちっ」

カオルは舌打ちすると、雪に沈んだ体を起こし、太腿まで埋まった足を引き抜いて立ち上がると、体についた雪を払った。
そして自分があけた穴を見下ろし、くっと口元を歪めた。
一息吐くと、カオルは空を見上げた。
ゆっくりと舞い降りる雪を見つめた。
その遠い眼差しには、過ぎ去った思い出が映りこんでいた。



生まれてはじめて、雪を目にした日のことである。
分厚いガラス窓の向こうには、ちらちらと雪が舞っていた。
カオルはボンヤリとその光景を見つめていた。
不思議な光景であった。
空から絶え間なく、白く小さなものが舞い降りてくるのである。
静かな一室でそれを見ていると、ブーンと自動扉が開いて、途端その静かな空気は吹き飛んでいった。

父「おーい、カオルぅ、お前ラッキーだぜ!」

そう言うなり、ドカドカと靴音高く歩み寄って来る。

父「ちょうどお前が着れるサイズの防寒服、貸して貰えたんだ!ほら、見ろ見ろ!」

父は手に持っているそれを、カオルの目の前に掲げた。
カオルは怪訝そうに眉をひそめてそれを見つめる。

カオル「防寒服?」
父「これを着ないと、外へ行けないんだ。外は氷点下だからなっ!ビックリするぜ〜、コロニーのぬるい空気とは違うんだぜっ!」

自分と同じ切れ長の目を、父は細めて微笑んだ。

父「この服な、この施設に隣接してる居住区にいる子供のものだったんだと。お前よか二歳年上で、…っていうと、今は八歳くらいか?もう着れなくなったのがあるからって、貸してくれたんだ。ここに滞在中に、その子に会ってみないか?何でも小さい子は、その子くらいなんだってさ」
カオル「……」
父「どうだ?」
カオル「…いやだ」

カオルは顔を背け、高いところから父のため息がこぼれた。

父「ん〜、まあいいさ。とにかく今は時間が惜しい!さっ、カオル。これに着替えて行くぞ!」
カオル「行く…?どこに?」

カオルは頭を揺らされ、怪訝そうに父を仰いだ。


向かった先は、施設の外であった。
辺りは一面の雪。
雪原には、見慣れない種類の木々がたくさん生えていた。
そして空からは、絶え間なく雪が舞い降りてくる。
だがカオルは、その風景を楽しむ心境ではなかった。

カオル「もういい、はやく降ろせよ!」

まだ小さな体を、父に抱っこされているのが、たまらなく嫌であった。

父「はっ?何で照れてんの、お前」
カオル「照れてないっ」

繁々とカオルの顔を覗き込み、父は口元を引き上げた。

父「うっぷ。そんなに顔真っ赤にしてんのに?」

父は更に顔を歪め、くっくと体を揺らして笑う。

カオル「〜〜〜笑うなっ」

ボスっ。

父「うぐ」

足での一撃は、見事に父のみぞおちにヒットして、弛んだ手からカオルは飛び出し、白い雪の上に降りた。

カオル「っ!?」

ただ地面に降りたつもりが、勢いもあって、カオルは一気に頭のてっぺんまで雪に埋もれて見えなくなった。

父「おい、大丈夫か!」

父に襟首を掴まれて、はまった体を引き上げられた。
雪まみれのカオルの姿に、父はゲラゲラと笑い声を上げた。

父「だから抱っこしてたのに〜。お前ときたら。ひっひ」
カオル「冷たい…」
父「どれ」

抱き上げられ、手袋をはめた手で、やや乱暴な手つきで雪を払ってもらった。
濡れた頬を、冷気を含んだ風が吹きつけていった。

父「カオル…風を感じるか…?」

カオルは父が見つめる景色を共に見つめた。
風に木々は、ザワザワ音を鳴らして次々と揺れていく。

父「これが、本物の風だ…」
カオル「…ほんもののかぜ…?」

コロニーでは吹くことのない、強弱のある自然に起こる風。

「お〜〜〜い」

しばし黙りこくって風を感じていると、後方からザクザク音を立てて、フランクの呼び声が聞こえてきた。
彼は、父の友達であり、職場の同僚でもある。

フランク「そろそろ戻った方がいい。この後天候が崩れるそうだ」
父「え〜、マジかよ。スキーしたかったのに」
フランク「…その前に仕事だろ」

苦々しく父を見やるフランクに、カオルは不思議そうな顔を向けた。

カオル「…何で埋まんないんだ?走ってきたのに…」
フランク「え?ああ、これだよ、カンジキのおかげさ」

フランクは笑顔で片足を上げるとカオルに見せた。
それは父が、靴につけているものと同じものであった。

フランク「これをさ、靴に取り付けると、体重が分散して、雪に沈まなくなるんだ」

そう言ってから、二人のすぐそばにある出来たての大きな穴に気づいて、フランクは覗きこんだ。

フランク「…はまったの?」
父「頭までずっぽり」

カオルは顔をしかめ、二人の大人はゲラゲラと笑い声をあげた。
ひとしきり笑い、父はフランクを見やった。

父「フランク、お前わざわざそれだけを言いに来たのか?ご苦労なこった」
フランク「オレ、いや、私はこの一行の責任者だからね。それにカオル君に伝えることがあったんだよ」
父「…私?…カオル君…?ぶっは、らしくねえ言い方!どしちゃったの、お前!寒さにのうみそイカれちゃったんじゃないの?」

フランクはムッと顔を歪めた。

フランク「私は、お前と違ってもっと上を目指してるんだ!戻ったらブースの管理責任者のポストにつく。笑いたければ、笑ってろよ」
父「はいはい。応援してるよ。、いち平社員として」
フランク「嫌味っぽい言い方だな」
父「お前もな」

互いに失笑し、父はフランクを肘でこずいた。
二人のやりとりを黙って見ていたカオルに、フランクは目線を向ける。

フランク「カオル君、足は痛まないか?寒さで古傷が痛むって言ってるヤツがいたから」
父「そうなのか?どうだ、カオル」
カオル「…別になんともない」

カオルは足の話に翳った顔となった。
それは半年前にヘビに咬まれた傷のことを指している。
言葉通りに、傷はもうなんともなかった。
心に受けた傷は、いつまでも暗い影を落としていたが…。

フランク「それはよかった。それと、カオル君、さっき船長が言ってた話、やっぱり本当だったよ。問い合わせてみたんだ」
父「ほんとかっ!?」

父が、そしてカオルも目を見張り、フランクの次の言葉を待った。

フランク「倍率は半端じゃないらしいけど、来年度の申し込みに、まだ充分に間に合う」
父「やった!さすが持つべきは親友!」

父はカオルを抱っこしたまま、フランクにも思いっきり抱きついた。

父「うお」
フランク「うっ」

ばふっ。
見事にバランスを崩して、三人は雪に仰向けに倒れこんだ。

フランク「このバッカ…」

失笑して互いの様子に笑い合うと、目の前に大きく広がる空を見つめた。

父「…あは…。…なぁ…空が広いなぁ…」

小雪がちらつくにぶい色の空。
風に雲がゆっくりと流れて、形を変えていく。

父「やっぱ、本物の空はいいわ〜…。…心が飛んできそうだ…。こう寒いのもいいけど、南国のあっつい日差しってのを堪能してみたいなぁ〜」
フランク「出たよ、お前の夢物語」
父「うるさい!夢を見るのは人間の特権だ」

父はカオルを抱いている手に力をこめた。

父「なあ、カオル。お前、受けてみるか?入学試験。夢物語を実現できるかは、お前次第だ。どうだ、カオル…?」

父の言葉に、カオルは心が熱くなった。

カオル「…受ける」

ボソっとカオルはつぶやくように告げた。

父「聞こえないなぁ」

カオルは起き上がると、寝そべっている父の顔を挑むように見据えた。

カオル「入学して、夢をつかんでやる!」

ぐっと拳を父に向けて伸ばし、声を張った。

父「そうだ、カオル。夢を掴め…!」

今までになくしっかりしたカオルの顔つきに、父は満足気に微笑みを浮かべた。


その日から、夢は実現に向けて輝きだした。
傷ついた心に、まるで光を灯すように…。


その思い出に、カオルは顔を歪めた。
いつも心のどこかが痛むのだ。

カオル「…オレの方が死ねばよかったんだ…」

夢の途中で死ねたのなら、そうしたらオレは…


カオルは沈んだ瞳を伏せてため息をこぼすと、また前を向いて雪深い森を歩きはじめた。
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