サヴァ小説1

□冬を越えて
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ルナとカオルが遭難しかけた日から五日が過ぎた。
外は強風が吹きすさび、積もった雪をも巻き上げ、ひどい天気が続いていた。

ハワード「いったい何時までこんな天気続くんだよ…!」

ガタガタと音を立てる扉を見据え、ハワードはイライラした様子でぼやく。
洞窟の隅では相変わらず、シンゴとチャコがブツブツと言い合っては、通信機をいじっていた。
そのすぐ傍では、アダムが見守るように立って見ている。

ハワードは不満に顔を膨らませて、グルリと洞窟の中を見回す。

シャアラとメノリは食料の棚を前に、気難しい顔で話し合いをしている。
別なスペースでは、ベルが黙々とかんじきを作っていた。

ハワード(ったく、何個作る気なんだよ…!)

カチャカチャ。ギュッ、ギュッ。
あちこちから鳴る音が、いやに耳障りに思うハワードであった。
頭を掻きむしり、そして結局焚き火に目線を戻すのである。

ルナ「うん。だいぶ腫れが引いてきたね」

かいがいしくカオルの指を看るルナに、ハワードは目をとめた。

ルナ「動かしても痛くない?」

軽く曲げたり動かしながら、カオルはもちろんのこと、ルナもじっと指を見つめていた。
ハワードはそっと立ち上がると、焚き火をはさんだ向かいの丸太へと座りなおして、
カオルの手元をのぞきこんだ。
右手の指先は、爪がめくれ上がっていたり、割れたままとなっていて、思わずハワードは声を上げた。
何事だ?といった皆の視線に、大きな咳払いを恥ずかしそうにするのであった。

カオル「…何だ…?」
ハワード「それ…、ちゃんと直るのかよ?」

もしも自分の指がそんなことになったら…、そう思うだけでゾクゾクと背中がむず痒くなる。

カオル「…すいぶん直った」

カオルは手を表裏に返しては眺めつつ言う。

ハワード「ど、どこがだよっ!爪がめくれたままだろがっ!」

呆れたようにカオルはため息をもらす。

ルナ「ちゃんと爪が伸びてきてるから大丈夫よ。爪が伸びたのを切って揃えているうちに元に戻るから」

ルナはハンカチのシワを伸ばしてきちんと折りを入れて畳むと、カオルの指を巻き上げて結んだ。

ルナ「不便だけど、爪がひっかかると痛いから、しばらくの我慢ね」
カオル「…ああ…」

カオルはため息をひとつ吐いて、自分の右手をじっと見つめた。

シャアラ「ねえ、ルナ。ちょっと、いい?」
ルナ「うん」

シャアラに呼ばれ、ルナは食料棚の前にいる二人のもとへと行った。
ため息混じりにひそひそと話し合う三人の姿に、ハワードは嫌な予感がするのであった。

ハワード(おいおい…、ま、まさか…)

予感的中。その『まさか』であった。
ハワードにとって一番メンタルダメージの大きい発言は、メノリによって放たれた。

ハワード「なっ! 食事の量をさらに減らすぅ!?」

何となく予感めいていたとはいえ、ハッキリと言われるのはショックであった。
しかも、今までの食事の4分の1にまで減らすというのだ。
今までだって、汁ばかりのほとんど具のないスープだったというのに。

メノリ「仕方ないだろう。もう外で食料を得るのは極めて難しいのだからな」

少しでもショックを和らげようと、シャアラの提案で、皆で雪を溶かした白湯を飲みながら、
焚き火を囲んで話し合っていたのであるが…。
あまりハワードには効果はなかった。

ルナ「うん。まったく食べずには何日も過ごせないから、残りの食料を少しでも残しておきたいのよ」
ハワード「今だって、ほんの少しの食事じゃないかっ!」
チャコ「わめいたって仕方ないやろ〜?」

声を荒げて文句を言うのはハワードだけであった。
他の者たちは、今、置かれている現状を受け入れていた。
その悟りきった顔つきが、ハワードをイラつかせていく。

ハワード「ちっ!何でこんなことになっちまったんだよ…!あんなに暑かったってのに!」

ハワードはカタカタと風にがたつく扉をキッと睨みつけた。
そして、その線上に座っているアダムの姿に顔をしかめると、すぐに顔を反らして焚き火へと目を戻した。
胸の中にもやもやしたものがあふれ、ますます顔つきは険しくなっていく。

チャコ「この異常気象は、赤外線反射物質のせいや言うたやろ〜?」
ハワード「あ〜もぅっ! 暑いのは嫌だったけど、寒いのはもっと嫌だぁあ〜っ!!」

我慢限界とばかりに叫ぶと、ハワードは頭を掻きむしった。

メノリ「うるさい!ガタガタとわめくな!」
ハワード「これがわめかずにいられるかっ!?」

ハワードは、メノリを睨みつけた。

ハワード「このハワードが、だぞ!一度だって空腹になんかなったことなんてないんだ!
    何時だって、シェフが作るゴージャスな食事がたんまりと並んでいたんだぞ!
    どれだけボクがこの生活で我慢しているか、わかるかっ!?」
メノリ「今を乗り切ることの方が大事だ! そんなくだらない過去のことなど忘れてしまえばいい!
   思い出に苦しむくらいなら、そんな思い出など忘れてしまった方がいいに決まってる!」

厳しい瞳で、キツイ言葉をメノリはハワードに放つ。

ハワード「何だとっ!!」

ハワードは立ち上がり、目の前で自分を睨むメノリを憎々しく睨みつけた。

ルナ「二人ともやめてっ!」

ルナの声に、メノリは目を伏せハワードから顔を背けた。
冷静を装おうと努めるメノリであったが、唇は硬く引き結ばれていた。

ルナ「ハワード、座って!」

メノリを睨み続けるハワードに、ルナはもう一度声をかける。

シンゴ「いくら怒鳴ったって、今のままじゃ何も変わりやしないよ」
チャコ「そや、そや!居心地が悪〜くなるだけやで」

ムッと目つきの悪いハワードに睨まれて、シンゴは肩をすくませると席を立ち、チャコと共に、
また隅のスペースに移って作業を再開した。

ベル「ハワード、もう一杯飲むかい?」

人のよい笑顔で、白湯を勧めるベルだ。

ハワード「いらない…!」

治まらない様子のまま、ハワードはドスっと丸太イスに腰掛けた。
同時にカオルが席を立ち、干してある自分のマントを手にとった。

ルナ「カオル、どこか行くの?」

マントを羽織り、左手で留め具を留めながらカオルはルナを振り返った。

カオル「…トイレだ」
ハワード「お前のトイレは長〜いよな〜」

その嫌味な言い方に、ピクリとカオルの片眉があがる。

カオル「…人の勝手だろ」

言うなりカオルは外に出て行った。
戸が閉まった途端、ハワードはルナを振り返った。

ハワード「カオルは外出禁止だろ!何で注意しないんだよっ!」
ルナ「だって、トイレって言う以上、ねぇ…」

苦笑いを浮かべてルナは言う。

メノリ「…この敷地内にいるんだ。あまり文句も言えまい」

メノリは苦々しくつぶやくとため息をついた。
胸の中に重苦しい空気が詰まったままでやりきれない気分であった。
わめくハワードの声が妙にイラついた。
外に出ることも出来ず、この閉ざされた空間の中、メノリは強いストレスに襲われていた。
加えて、刻々と迫り来る、何より恐れる瞬間を思えば、心は砕けそうなのだ。
このまま吹雪が続けば…、冬が続けば…、生きてはゆけない…。
食料がなくなれば、次々と仲間は倒れていくだろう…。
恐れと不安は増すばかりなのだ。

不安な気持ちでカオルを見ると、胸は痛んだ。
今はもういない黒い髪の少年を思い出させるからだ。

『思い出に苦しむくらいなら、そんな思い出など忘れてしまえ…!』

ハッとメノリは息を飲んだ。
怒りにまかせて、ハワードに放ったひと言は、昔父に言われた言葉であった。
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