サヴァ小説1
□駆け引き
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シンゴたちが遺跡の調査を開始して6日目に、アダムの記憶が甦って、この遺跡が宇宙船の証である操縦室が見つかったの。
だけど、肝心の重力制御ユニットの故障していて飛べないことがわかると、全員落胆してしまった。
その時、突然地震がはじまって…。
揺れがおさまると同時に、音声が装置から流れ出した。
『こちらオリオン号、救難信号をキャッチした』
繰り返されるその声に、皆はただその声を聞いて立ち尽くすばかりであった。
応答するためのマイクが、自動で感知して装置の上に現れた。
固唾を飲む皆のうち、シンゴがその前に進み出た。
シンゴ「もしもし?もしもし、聞こえますか?もしもし?」
『聞こえている』
一拍置いて、シンゴの問いかけに返答がかえってくる。
ノイズが入っているものの、落ち着いた大人の男性の声である。
これは夢でもなく間違いでもなく、救助船からの通信だと、皆はようやっと理解した。
たまらずハワードが駆け寄った。
シンゴ「もしもし?」
ハワード「どけ…!」
シンゴを押しのけ、マイクの前を陣取る。
ハワード「助けてくれ、大変なんだ。不時着して、何もなくて…」
感極まって、言葉が思うように言えない。
ハワード「ああ、もう…!とにかく早く来てくれ!」
メノリ「ハワード、邪魔をするな」
ルナ「ここは、シンゴにまかせましょう」
ここにきて、何か計器を壊されたらたまらない。
何を言っていいのか不明なハワードは、ひと言ふた言話したことでやや納得したのか、一歩後に引いた。
シンゴはマイクを前に、乾いた喉を潤すように唾を飲み込み、そして息をすった。
シンゴ「もしもし?ボクたちはロカA2、ソリア学園の生徒です。修学旅行中に、重力嵐に巻き込まれてこの星に不時着しました」
『現在の…状況を伝えろ』
シンゴ「ケガ人はいません」
シンゴは後ろにいるルナの顔を見やった。
このメンバーの中には、不明とされている自分たち7人以外の人物がいる。
特にアダムは別の星系の者だ。
おお事になるのは間違いはないが、けれど救助される以上、今現在のことはきちんと伝えなくてはいけない。
特に顔色を変えず、目配せもしてこないルナやメノリの様子に、シンゴはまた前へと向き直した。
シンゴ「くわしい説明は後回しにしますが、全部で八人と一匹」
その説明に不満を感じて、チャコは険しい顔となった。
チャコ「ひとりや…!」
ネコ型ロボットといえど、何か理不尽な気持ちになるのである。
そのくせ、ルナが外ではチャコを一匹扱いしていることに気づいていないチャコであった。
『宇宙船は?』
シンゴ「あります。でも、重力制御ユニットが故障していて、可動しません」
『姿勢制御ユニットは大丈夫だろうな?』
シンゴ「はい!」
『了解。そちらに急行する』
向こうからの質問に言い終えた途端、通信が途絶えた。
シンゴ「?え、あの?そちらの位置は?もう近くにいるんですか?いつ助けにきてくれるんですかー?もしもし?もしもし!もしもし!!」
シンゴの落ち着きをなくした状態に、メノリが歩み寄った。
メノリ「どうしたんだ?」
シンゴ「…切れた」
切れた?あまりにもあっけないだろう。
メノリも眉をひそめて、シンゴの代わりに、マイクの前に寄った。
メノリ「もしもし?応答しろ。もしもし!」
けれどまったく反応がない。
ハワード「何で切れちゃったんだよ!?」
シンゴ「わかんないよ、そんなのっ!」
まるでシンゴが悪いのではないかとばかりに、ハワードがまくしたてる。
チャコ「大気圏に突入して、一旦切れてもうたんやろか?」
ベル「…そうかもしれない」
ルナ「そちらに急行するって言ってたもんね」
シャアラ「じゃあ…。本当に…、本当に助けがきてくれるのね…」
じんわりと喜びが広がって、シャアラは思わず涙ぐんだ。
ハワード「ああ、そうだよ!ボクたち帰れるんだよ!やったぜー!!はは〜っ!!」
シンゴ「帰れるぞー!」
チャコの話ぶりに、不安に思う事柄よりも喜びの方が大きく膨らんで、ハワードとシンゴははしゃいだ声をあげた。
メノリはルナを振り返り、二人は目を合わせると微笑みあった。
ようやくこれでこの星の出ることが叶う。
ずっと帰りたいと願っていたコロニーへと。
喜びに湧く中でただ一人、アダムだけが翳った暗い顔つきでその場に立っているということに、誰も気づくことはなかった。
カオル「安心するのはまだ早い…!」
喜びに湧いていたハワードとシンゴは、届いた鋭い声に一瞬で静まった。
他の皆も驚いて振り返る。
カオル「オレたちが大気圏に突入した時のことを思い出せ」
チャコ「ひどい嵐に巻き込まれたもんな〜…」
メノリ「落雷を受けて、シャトルは故障した…」
告げられた言葉に、あの恐ろしい思いをした遭難初日が、まざまざと皆の脳裏に浮かんでいった。
シャアラ「もしも、もしも救助船がそんなことになって、駄目になってしまったら…。私たち、本当に一生この島から出られない…」
鬱々としてつぶやくシャアラの肩へと、ルナが手を置いた。
ルナ「大丈夫よ。カオルは、あんまりはしゃぎすぎないようにって言ってるだけなんだから」
メノリ「そうだ。救助船が来る前に、やれることはすべてやっておいた方がいい」
ハワード「やれることって?」
一体何をしろというんだ。
ハワードの問いに、メノリは振り返ることなくシンゴに告げた。
メノリ「まず確認したい。助けにくる人たちは、我々のいる場所をわかっているのか?」
メノリに問われ、シンゴは考え込んだ。
シンゴ「救難信号をキャッチして、アバウトな位置は特定できていると思うけど…」
ルナ「でも通信が途切れたってことは、レーダー機能が駄目になっている可能性もあるわよね」
シンゴ「…まあ、最悪の場合…」
あまり考えたくはない話である。
メノリ「我々がここにいるということを、示す必要があるな」
ベル「うん。黙って待つより、その方がいい」
ハワード「…でも、どうやって?」
話についていけないハワードをからかうように、チャコの顔がにんまりと笑みをとった。
それから皆で遺跡の外へと出て、いつも焚くよりもずっと大きな焚き火を用意した。
火は勢いよく燃え、パチパチと火の粉を上げながら、白い煙が上がっていく。
ベル「のろしか…」
チャコ「原始的やけど、これが一番やな」
うんうん、とチャコは自分のアイデアに満足に頷いた。
メノリは焚き火の煙が、ぽっかりとあいている遺跡の広場から空へと立ち昇っていく様をじっと見つめた。
宇宙船から見たら、この島など本当に小さなものにしか過ぎないものだ。
大体の位置の見当はついていたとしても、見逃されては困る。
メノリ「…でも、まだ不十分だ」
ハワード「何が?」
さっきから偉そうな口ぶりのメノリに、ついキツイ口調でハワードはつっかかるように言う。
メノリ「救助船は、島のどちら側から来るかわからない」
ましてや、今自分たちがいる場所は、深い森の中なのだ。
大きく育った木々に覆われて、大きな遺跡はすっぽりと保護されるように埋もれてしまっている。
ルナ「ええ。島の東西南北からも、のろしを上げて待ちましょう」
ハワード「めんどくさいなぁ、。ボクはここに残るよ。いつまた救助船から連絡が入るかわからないからな〜」
楽なことばかりを考えるハワードに、チャコの怒りは沸点に達した。
チャコ「何言うてんねん、このスカタン!!」
ハワード「何だよー!」
チャコ「さっきからそのために、シンゴが、ずーっと、通信機の前に張り付いているんやがな!」
チャコの言うようにシンゴはこの場に居なかった。
たったひとりそこに残り、通信機を前に陣取っていた。
シンゴ「この通信をキャッチしたら、応答願います。応答願います!」
ピッピっと何やら入力しては、シンゴは急いでマイクに向かって叫んでいた。
チャコ「わかった、かーーーっ!!」
大声でそう叫ばれて、ハワードは怖気づいて引き攣った顔となった。
はるかに小さいロボットペットなのに、怒鳴ると迫力満点なチャコなのだ。
ルナ「チャコ、ありがとうね」
チャコ「んなこと、ええて」
ルナ「とりあえず、ハワードには一番近い、東の果てをお願いするわね」
ニコっとルナは爽やかに笑った。
強制力のある笑顔である。
ハワード「な…。ちえっ、わかったよ」
ルナのこの種の笑顔がどうも苦手なハワードは、渋々ながらも、一番近いということに妥協した。
これ以上粘って、島の一番遠くへ行かされたらたまらない。
カオル「西側はオレが行こう」
ハワードとは逆に、一番遠くをカオルが申し出た。
メノリ「じゃあ、私は南だ」
ルナ「ベルはメノリと一緒にお願い」
ベル「わかった」
ルナ「シャアラは私と北側へ。チャコとアダムは残って、シンゴをフォローしてあげて」
チャコ「よっしゃ」
話がどんどん進んで決まっていく中、アダムはルナの上着を背後から軽く引いて合図を送った。
ルナがはっと気づいて振り返る。
アダム「……帰っちゃうの…?」
ルナ「え?どうしたの?」
アダム「救助が来たら、皆帰っちゃうの…?」
ルナ「ええ、そうよ」
アダム「ボクを残して…?」
ルナ「え…」
アダム「ボクだけ残して、皆帰っちゃうの…?」
ルナ「…そんなことないわよ…」
消え入りそうな不安に満ちた声だった。
今にも涙が流れそうな瞳にじっと見つめられて、ルナはそっと屈んでアダムの肩に手を置いた。
ルナ「アダムも一緒よ。一緒に私たちのコロニーに帰るの。だから心配しないで。アダムを一人残していくなんて、そんなことしないから」
ルナ「ずうっと、一緒よ」
アダム「…うん…」
しばしそう告げるルナの顔をじっと見つめていたアダムは、ルナの裏表のない言葉に、ようやく小さな笑みを浮かべた。
そして一行は決めた通りに方々へ向かい出した。
青く澄み切っていたはずの空に、徐々に暗雲が立ち込めはじめていた。
まるで、この星に近づくものたちを拒むかのように。
それは、自分たちがやってきた時を思わせるような不穏な風向きであった。
ルナ「…ひと雨、きそうだね」
メノリ「急ごう」
ルナはうなづくと、目の前の崖に下ろされたロープを掴んだ。
ルナ「風が強いから、気をつけてねーっ!」
崖のロープを登りながら大きく揺れたルナは、後続する皆へと叫ぶ。
メノリ「わかった」
心してメノリも崖を登りはじめた。
順番を待っていたベルとシャアラとカオルである。
ふと、カオルは目線を向けた滝の崖よりのところの暗がりに目をとめた。
何だか気になる。
カオル「ベル、ここを頼む」
ベル「え?どこ行くんだい、カオル」
カオル「ちょっと調べてくる」
そう告げてカオルは滝の脇に沿って進んでいった。
歩いていくカオルを、ベルとシャアラは不思議そうに見つめた。
水しぶきを上げて降りていく滝のカーテンの脇にスペースがあり、カオルはそこをくぐっていった。
カオル「ここは…」
中は冷んやりとした空洞となっていて、カオルは光も射さないその暗がりをじっと見上げた。
そして、足元に落ちている枯れ葉を一枚拾うと、水気もない乾燥しきった葉を手の中でグシャリと崩した。
開いた手の平から舞い上がった葉の破片は、ふわりと上に向かっていく。
カオル「風が…」
風が上へと吹いている。
カオルは岩だらけのその中をよじ登っていった。
そして崖の上では。
先に登ったルナが、後から来たメノリを手伝って引き上げているところであった。
メノリ「ありがとう」
ようやく崖の上の安全な場所にたどり着き、二人は膝をついて息を吐いた。
やはりここが一番の難所である。
ガサ…。
茂みを揺らすような音がして、二人は瞬時にその音のした方へと顔を向けた。
ギシ…。
木から伸びているツタが何かに引っぱられ持ち上がると、どうみても見知っている人物の姿が地面から出てくるのが見えた。
ルナ「カオル…!?どうやって?」
まだ下にいるはずのカオルが何故ここに?
驚く二人に、カオルは平然とした顔つきで歩いてくる。
カオル「下から登れる洞窟を見つけた」
ルナ「ええっ?」
カオルはさっそく崖のふちへと屈みこみ、次に登ろうとしているベルたちに向かって、通りのよい声で告げた。
カオル「崖に沿って滝の裏側にまわると、小さな洞窟がある。それに沿って登ってくるんだー!」
ベル「わかったー!」
ベルはシャアラを見やって「行こう」と告げると、カオルが言った通りに滝へと進んでいった。
そして―。
皆が上に揃い大きく開いた洞窟の岩場を見下ろした。
ルナ「こんな洞窟があったなんてね」
そこは、大ぶりな岩がゴロゴロとしているが、垂直な崖とは違っていて、ずっと緩やかな傾斜であった。
ベル「パグゥが小さい頃に通ってきたのは、この洞窟だったのかもしれない」
シャアラ「とにかく、これでもうあの怖い崖を昇り降りする必要はなくなったのね」
ベル「うん」
メノリ「…皮肉なものだ。いざ助けがくるという時になって、やっとこんな便利な通路を発見するとは」
岩場を昇り降りするのは本当に大変なことだ。
ましてや、滝の脇の崖は断崖といってもいいくらいで、足をかける段差もあまりなく、ロープを握って昇り降りするのは緊張するのである。
まさか、崖のそばの茂みの向こうにこんな場所があったとは。
ずっと不思議に思っていたパグゥがひとりでいた理由。
おおよそ想像していた通りであった。
体がまだ小さかった頃に、好奇心で登ってきたであろう道。
こんなところにあったとは。
五人は感慨深くその洞窟を見つめた。