サヴァ小説1
□奪い合いの果てに
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ジルバの足音が、霧にかすむ森の中に響く。
日が昇り、また奴らが東の森へとやって来ていた。
ジルバ「ちいっ…!ここも行き止まりか…!」
見下ろす幻影の森の底知れぬ崖下を覗いて、ジルバは苛立ちを吐き捨てるように言った。
一方、サイボーグ化している体を使って、ボブはいつも行き当たりになる崖の計測を行っていた。
電子音がピピピと聞こえてくる。
器械化された右目で、崖の詳細データを入力しているのである。
ブリンドーがその姿を静かに眺めていると、背後の茂みの揺れる音が響いて、振り返るとジルバが戻ってきたところであった。
ブリンドー「どうだ?」
ジルバ「駄目よ。まーた行き止まりだわ」
ブリンドー「そっちもか」
ジルバ「アイツら、一体どこ行ったんだい…!」
言うと足早に、崖のそばで計測しているボブの横へと進み、ジルバは並んだ。
ジルバ「隠れても無駄さーーっ!さっさと出てきなーーーっ!」
苛立ち紛れに、ジルバは崖に向かって叫び声を上げた。
声は崖の岩肌に反響して消えていく。
ブリンドー「ここにいてもしょうがない。他を探してみよう」
顔色を変えずに、ブリンドーが戻る道へと歩き出し、それにジルバも習った。
ジルバ「ったくーっ、ムカつくガキどもめ…!」
ボブ「こわーいお姉さんがいて、出て来れねえんじゃないか…」
計測を終えた足を速めてボブは並ぶと、からかうように言った。
ジルバ「誰が怖いんだって?」
ボブ「お姉さんたあ、お前一人しかいねえ」
殺気の交差する話し声が遠ざかっていくのを、茂みに隠れていたカオルが、息をひそめてやりとりすべてを聞いていた。
遺跡の操縦室では皆が見守る中、シンゴたちの作業が、今日も朝から続けられていた。
まだ寝ていたらいいのに、病み上がりのハワードまでもが、操縦席に座り込んで、その作業を見つめていた。
操縦室内の通路上に出した、各ユニットのタワーの上に重力制御ユニットを置き、それを配線で繋いでいた。
回路に電気が流れ、ユニットが音を発して光を点滅させた。
これははじめての反応であった。
シンゴ「ポルトさん…!」
ポルト「ああ!」
チャコ「なるほど、そういうことやったんか〜!」
チャコが納得するように、何度もうなづく。
ルナ「どうしたの?」
チャコの隣に腰掛けるルナには、いったい何があったのかさっぱりである。
ポルト「とうとうわかったんじゃよ。重力制御ユニットが作動しない理由がな」
ハワード「本当か?」
ポルト「ああ。どうやらワシが持ってきたこの重力制御ユニットが、重力嵐に巻き込まれた時にイカれてしまっておったんじゃ」
メノリ「どういうことだ…?」
シンゴ「重力嵐の影響で、フェイブシフト回路の出力信号がランダムに反転してたんだ」
ルナ「ランダムに反転?」
チャコ「せや!ほんで、クォーククルーオンコントローラーのセーフティー回路が作動して、トランスファー信号をブロックしてたってワケや」
シンゴ「でも、エキゾチックコントローラーからの信号が増幅されてて、気がつかなかったんだよ」
二人は意気揚々と、皆が聞き慣れない専門用語を語った。
次々と話に出てくるカタカナ言葉が、何を意味してるのか、三人以外にはサッパリである。
ハワード「??何か…よくわかんないけど…、要するに直るってことか?」
ポルト「出力プログラムに手を入れて、故障プログラムを組みこまんといかんから、多少、時間はかかるわな」
ハワード「でも!直るんだよな?」
ポルト「ああ…!」
シンゴ「今度は上手く行くよ!」
ハワード「う…ウソじゃないだろうな?」
ポルト「ウソなんかついてどうする」
ハワード「ほんとの、ほんとの、ほんとに、直るんだな?」
うるうるした目をポルトに向けた。
ポルト「くどい!」
ハワード「やったー!!くう…!!」
ハワードは、座っていた操縦席から勢いよく立ち上がると、絞るような奇声を発した。
その騒ぎように、席の背後に立っていたシャアラは驚きの顔となった。
ルナ「じゃあ、私たち帰れるの?」
チャコ「とりあえずこの星からは」
ハワード「やったーーー!!帰れるぞーーー!!」
チャコが言おうとした続きは、ハワードの雄叫びによって遮られる。
ハワード「帰れる、帰れる、帰れるぞーー!いやっほーーっ!」
あまり広くはない操縦室のスペースで、ハワードは奇声を発して飛び跳ねはじめた。
ルナ「ハワード、そんなにはしゃいじゃ体が…」
ハワード「これがはしゃがずにいられるかあ!!」
すぐ傍にいたシャアラの手をむんずと掴むと、強引に引っ張り出した。
ハワード「そーれっ!」
シャアラ「ちょっ」
空いたスペースに、二人は勢いよくクルクルと回転する。
ハワード「帰れる!帰れるんだ!」
シャアラ「ちょっとぉ、やめてよ、ハワードぉ」
突然引っぱり回されて、驚き嫌がっていたシャアラも、ハワードの開けっぴろげな喜びように、次第に笑顔となっていった。
帰れるという実感に頬が弛む。
ハワード「ほら、シャアラ、もっと回れよ」
いきなりはじまった二人のダンスに、一瞬呆気にとられていた皆も、笑みを浮かべた。
シンゴ「うっ、やったんだ。やったんだよ、ボクたち…!」
ハワードの歓喜が伝わって、感極まるシンゴである。
今までのあれこれが脳裏に浮かんで、涙があふれてしまうのだ。
そのシンゴの姿に、まだこれからだというのに、とポルトの顔が引き攣った。
チャコ「泣かんでもええがな…」
シンゴ「だってボク…うっ、うっ」
ポルトは本格的に泣き出したシンゴと、背後ではしゃぐハワードとシャアラの姿を、目を細めて見やった。
ポルト「青春じゃの〜…」
そんな皆の楽しげな様子を、アダムは入り口からうかない顔つきで見つめていた。
そのアダムの背後から、さらに暗い顔つきでカオルが戻ってきた。
ルナ「カオル!」
偵察に行っていたカオルの無事な姿に、ルナは笑顔で迎えた。
チャコ「どないした〜?そんな怖い顔して」
カオルは、いつも笑顔のない無愛想な顔であるが、今日は更に強張った顔をしていることに、チャコが気づいて声をかけた。
ハワード「喜べカオル!ボクたち帰れるんだ!」
カオル「…! 帰れる?」
ハワードとシャアラのはしゃぐ姿に、今の瞬間気づいたカオルは眉を上げた。
ベル「重力制御ユニットが動きそうなんだ」
左手側からの声に、カオルは反対へと目線を向けた。
そこにはベルとメノリが立っていた。
メノリ「多少時間はかかるらしいがな」
カオル「そうか…。よかった…」
安堵に、その険しい顔は弛んで、笑みが浮かんだ。
ルナ「で、そっちはどうだった?」
カオル「あ…」
ルナの言葉に、カオルの顔はすぐにまた険しいものとなった。
その表情の変化を目にして、喜び合ってた皆の顔も色を失った。
今日は朝から脱獄囚の動きを見張りに出かけていたカオルである。
皆は固唾を飲んで、カオルの報告を聞いた。
「ぬんっ!ふっ!!」
深い森の中、気合の籠もった声が漏れた。
苛立ちを隠せぬままに振るった電磁ウィップが、東の森の大きく茂った葉や巨大な幹さえ切り落とされていく。
ズズ…と切られた巨木が横にずれて倒れていった。
出力を上げれば、まるで切れ味鋭い刀のようである。
ジルバ「これじゃ気晴らしにもならないわ…!」
吐き捨てるように、ジルバはつぶやいた。
何の抵抗もなく倒れていく物体に、腹の中の煮えたぎりが納まらないのだ。
何か動くものを仕留めたい。
もがき苦しむ様を見たい。
ジルバ「デカいトカゲでも出てこないかしらねー?」
ちょうどタイムリーなことに、背後からジルバを襲おうとしていた大トカゲは、ジルバのつぶやく言葉の意味がわかったのか、威圧する雰囲気に呑まれ、すごすごと後退していった。
弱肉強食。
勝てそうにない相手に挑まないのが、自然の法則である。
ルナ「…!地形データを書き込んでた…?」
カオルが告げた話に、ルナはもちろん、他の皆も、思わず息を飲んだ。
カオル「間違いない」
脱獄囚らは昨日とは違い、あてずっぽうに歩き回らず、要所要所でサイボーグが入念に記録をとっていた。
チャコ「そんなデータ分析されたら、幻影の森に気づかれてしまうで」
シャアラ「遺跡が見つかっちゃうわ」
メノリ「それまでに重力制御ユニットが直ればいいが…」
ルナ「どれぐらい時間があれば、直りそうですか?」
ルナはポルトに訊ねた。
ポルト「やってみんとわからんが、まあ…2〜3日」
ハワード「2〜3日!?もっと早く直らないのかよ。直る前にここが見つかったら、元も子もないだろ?」
ポルト「そんなこと、お前に言われんでもわかっとるわ…!」
ハワード「だったらもっとはやくぅ……」
文句を言っている顔が急に強張り、まるで電池が切れたみたいに、ハワードの体は傾いて床に倒れてしまった。
「ハワード!?」
やはり体はまだ本調子ではないのだ。
興奮と緊張に、体がついてこなかったらしい。
バッタリと豪快に倒れたハワードを、またコールドスリープ装置に運んで寝かせた。
倒れた割りに、ぐっすりと安らかに寝息を立てて寝入っている姿を、介護についたシャアラはホッとした顔で見つめた。
操縦室では島のマップを広げて、ベルにカオル、ルナ、メノリで囲むようにして作戦会議をはじめていた。
データを収集していった以上、もうさほど時間は残されてはいないのである。
ベル「あの森を探し回っていれば、いずれ森の秘密に気づくはずだ」
ベルは話をしながら、詳細に書いた遺跡周辺の地図を指差した。
ベル「ここが遺跡で、幻影の森はこの辺りまで」
さほど離れていない場所である。
幻影の崖が突破されれば、この遺跡までたどり着くのは時間の問題であった。
ベル「この場所がバレた時のために、何か手を打たないと…」
ルナ「そうね…」
いくらこの遺跡が古びて、一見宇宙船に見えなくても、森の中での唯一の建築物として、これほど目立つものに気がつかないことはない。
自分たちがたどり着いたように、すぐにここを見つけてしまうことだろう。
今は遺跡を守る番人もいない。
遺跡には頑丈な扉があるが、それで万全とは思えないのである。
コツコツと足音が近づいて、ルナは地図から顔を上げた。
やってきたのはシャアラであった。
ルナ「ハワードの具合はどう?」
シャアラ「何とか落ちついたみたい」
ルナ「よかった。それで作戦のことなんだけど」
カオル「やはり戦うしかない」
ルナの問いに、まずカオルが口を開いた。
攻められる前に攻める。
不意を襲う。
寝込みを襲う。
奴らが油断している時を狙う時間なら、充分まだある。
カオルは、このまま陣地に踏む込まれて逃げ場を失うくらいなら、何かしらの方法で攻めた方がいいと考える。
ルナ「駄目よ、カオル。まともにやって戦って勝てる相手じゃないわ」
ルナはカオルの意見を拒んだ。
その方法はあまりにも無謀だからだ。
相手は三人で、強力な武器を持っている。
一人を相手しているうちに、加勢される恐れがある。
このメンバーの誰の犠牲も出したくないのだ。
メノリ「…何とか時間を稼ぐ方法を考えよう」
ルナ「ええ」
シンゴたちが修理し終えるまでの時間を。
それは、あと2〜3日。
このままこの場所に気づかずにいてくれればいいのだが。
そのやり取りを、アダムは暗い面持ちで見つめていた。
皆、やるべきことに気持ちが向いていて、誰も自分を振り返ってはくれない。
一度はルナの説得で落ち着いた心が、さざ波がおきるように波立っていく。
小さな波は、大きなものになっていく。
ポルト「これはここじゃよ」
チャコ「なるほど」
操縦室の通路上では、シンゴたちが専門的な言葉を交わしながら作業している。
ここに来てアダムは、自分だけが異質な存在なように思えて、心は沈むばかりであった。
難しい話に入れない。
作戦会議にも参加させてくれない。
いつもアダムは小さいからと、大事なことから外されてしまうのだ。
アダムはうつむいて、しおれた様子で操縦室を出て行った。
そして、爆睡していびきをかいているハワードの横を歩いていく。
前を見て歩きながらも、意識は後ろに向いていた。
『ボクに気がついて…』
そんな思いで一歩一歩踏みしめるようにして、アダムはゆっくりと段を上がっていく。
「……」
けれど、誰も呼び止めてはくれなかった。
アダムは寂しさを漂わせた眼を、操縦室の入り口へと向けた。
「……」
来てほしい人の姿は現れなかった。
「くっ」
哀しさと、忘れ去られた怒りがわいて、アダムは遺跡を飛び出していった。
東の森を、早々に引き上げた脱獄囚ら三人は、『みんなの家』のリビングにいた。
まだ日は高いが、分析をはじめたボブの結果待ちをしていたのである。
ボブは器械の右目から光線を発して、映像をリストバンド型の通信機をかねた装置に投影し、撮影してきたデータを見ていた。
ブリンドー「ボブ、何かわかったか?」
ハワード専用席に座り込んでいたブリンドーが、瞑っていた目を開けて訊ねた。
ボブ「それがどうもおかしいんだ。船からとったこの島のデータじゃ、こんなところに崖はないはずなんだが。一体、ここどうなっているんだ」
ブリンドー「……」
上空からと、地上から見るデータが違う?
それはおかしい。
…何度どこを通っても行き着く不思議な崖…。
ブリンドーは唇を結んで、その不思議な行き止まりになる崖の姿を思い浮かべて考え込んだ。