サヴァ小説1

□星は流れる
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使える部品を寄せ集めて、広い海原を越えて大陸へと渡る船を作る。
新たな目標が生まれたことで、長い間意気消沈していた一同の心に希望が灯った。
大陸へ行っても、もしかしたら東の森にあった遺跡のように壊れた宇宙船しかないかもしれない。
けれどまったくの無駄にはならないはずなのだ。
強力に電波を飛ばせる通信機があるかもしれない。
アダムの両親が健在であれば、何らかの助力を請える可能性だってある。
そして何より、今を生きるためにも、前向きな目標は必要であった。

ルナ「じゃあ、食事を終えたら出かけましょう」
ハワード「よーし!見てろ〜、使えるもんを見つけてやるぜ」
チャコ「おお〜。えらい元気がでよったなあ」

昨日の朝とはまるで別人の様子に、半ばあきれた目線でつい見上げてしまうチャコだ。
そう思うチャコ自身も、昨日までの気落ちする気持ちが落ち着いていた。
シンゴと一緒に船を作る役割は、チャコが存在する意義を強く感じさせていた。

チャコ「ルナ、アンタ、体は大丈夫なんか?」
ルナ「うん。もう全然元気!」

ニコっと無邪気に笑い返してきたルナの顔は昔と変わらないもので、最近多くなった気遣うような曇りがなく、チャコを安堵させるものであった。

広場のテーブルにつき、ささやかな食事を皆で食べはじめた。

メノリ「ポルトさんは?」

新たに用意した丸太のイスが空席なのを目にして、メノリはシャアラを見やった。

シャアラ「ちょっと痛むようだから、後で食事を運ぶことにしたの」
ルナ「さっきも辛そうだったよね」
チャコ「骨折してから一週間ほどやもんな。まだ痛むんはしゃあないやろ」
ハワード「それにじいさんだしな」

そうへらっと呟いて、ガツガツと豪快に平らげていくハワードを、皆、呆れた目で見つめた。
大体食べ終えたところで、ルナが話を始めた。

ルナ「今日の仕事分担だけど、東の森に行くのは、私にシンゴ、チャコ、カオル、ベル。後は家の仕事をしてほしいの」
ハワード「ええっ!皆で行かないのかよ!」

ハワードの不満に満ちた声が上がる。

チャコ「まあ、ポルトさんが動けん以上、総出は無理やろなあ」
メノリ「それに食料探しも平行して行わないといけないだろう。今日明日で終わる話ではないからな」
ハワード「え〜…。どんくらいかかるんだよ」
シンゴ「そうだね。船の破損具合にもよるけど、一ヶ月二ヶ月はかかると思うよ」
ハワード「何だって!?」
チャコ「当たり前やろ。ここには道具も揃ってないんやで?」
ハワード「道具って、ポルトのじいさんがいっぱい持ってるだろ?」
シンゴ「もちろんそれを使わせてもらうけど、ないと困るものだってあるんだ」
チャコ「船に装備されてるはずやけどな」

シンゴとチャコは顔を見合わせ、難しい顔となった。
今回の作業は、木を組み合わせるのとはわけが違うのだ。
船を作るにあたって、問題は山積みであった。

メノリ「まずは使えそうなものを探し出すことが先決だろうな」
ルナ「うん。今日は輸送船が遺跡に墜落したコースを探してみようと思って」
ベル「墜落したコース?」
ルナ「ほら、コンテナが落ちていたでしょう?だから墜落の衝撃で、他にも落下したものがないか見てきたいのよ」
シャアラ「そうね。爆発に巻き込まれなかった部品があるかもしれないわね」
ルナ「うん。それで二手に分かれて探そうかと考えているの。遺跡と遺跡の周りをね」
ベル「わかった」
ルナ「ハワード、やっぱり今日も東の森に行きたい?」
ハワード「あ、いや、ボクは魚釣りのほうを頑張っちゃおうかな〜…」

ここから東の森の遺跡までの往復に三時間はゆうにかかる。
ハラペコで歩いた昨日の帰りを思い出して、ハワードはそそくさと残っていた水を飲み干した。

メノリ「まったくお前というヤツは…」
チャコ「今日は行かんでも、明日は行くことになるかもやで」

チャコが口笛を吹くような感じで言うと、ハワードは苦虫を噛んだような顔に一瞬なって「ふん」とそっぽを向いた。

アダム「ルナ、ボクも遺跡に行きたい」

アダムの申し出に、ルナは顔を曇らせた。
今日はアダムを外したのは、壊れた遺跡を見るにはまだ早いかと思ったからだ。

ルナ「でも遺跡までは遠いし、疲れるよ?」
アダム「平気。だって今までだって行ってたし」
ルナ「それに…」
アダム「ううん。もう平気」

ルナが自分を心配しているのがわかって、アダムは首を振った。
確かに壊れた遺跡を見れば、両親とのわずかな思い出を思い返させたものがなくなったことに、やっぱり傷つくと思えた。
でも、大陸に行けば両親に会える。
そう思えば、過去よりこれからのことの方が大事に思えるアダムである。

メノリ「…連れて行ってあげてくれ、ルナ。壊れてしまっても、アダムには大切な場所だ」
ルナ「うん、わかったわ。一緒に行きましょう、アダム」
アダム「うん!」

一名ご機嫌斜めのままだったが、食事後すぐにルナたちは東の森へ向けて出発した。


シャアラ「ポルトさん、皆は東の森や食料探しにでかけたけど、私は畑にいますから、何かあったら声をかけてくださいね」
ポルト「ああ、わかった。すまんのう」

きつい日差しを避けるように、男子部屋のベッドに伏せるポルトに声をかけて、ポルトの食事後のトレーを抱えて、シャアラは階下へと降りて行った。
ハシゴのきしむ音と、家の扉が開閉する音を耳にしてから、ポルトは枕元にたたんである七つ道具の入ったジャケットから写真と薬のシートをとりだして眺めた。

ポルト「……船を作って、大陸へ渡る…か…」

その話をしている時の皆の輝くような顔を思い出し、ポルトは目を細めた。
わずかなチャンスをものにしようとしている子供たちに、自分は今何をしてあげられるのだろうか。
ポルトは残り一つだけ入った薬のシートを見つめ、ため息を漏らした。
輸送船からの飛び降りでこんなケガなどしてなければ。
せめて飲まねばならぬ薬を切らしてなければ。
医者の話の通りなら、残された時間はさほどなかった。
ポルトは薬のシートを持つ手を揺らし、見つめていた眼差しを、手作り感漂う天井へと向けた。

ポルト「……ワシの運命も、アイツらと共にあるらしい…」

ポルトは脱獄囚らの顔ぶれを思い浮かべ、苦笑いを浮かべた。
さらにため息をもうひとつもらすと、ポルトは写真を顔の前にかざすように持って、在りし日の息子の姿を見つめた。

ポルト「…ワシは、あの子たちには、何としても生きのびてほしいんじゃ…。皆、いい子たちばかりじゃ。帰りを待っている親御さんらも心痛めておるじゃろうな…」

待つ身の辛さは、ポルトは心底に沁みるほどに知っていた。
誉めることも、何か語らうこともできないままに、とりかえしのつかないことになって気づいたのだ。
毎日同じ部屋の中で働いて、それはいつでも言えること、そう、たかをくくっていた。
突如他界した妻に、感謝の言葉も言えなかったことを、ポルトは心底悔いていたはずなのに、同じ過ちを犯してしまったのだ。
伝えたい気持ちを抱えて、待つだけではなく行方のしれない息子を尋ねるポルトの長い旅ははじまった。

ポルト「…ファーロ…、お前を探す旅はここで終わりになる。ワシはこの星で事切れることじゃろうて…。ファーロ…、どうかワシに力を貸してくれんか。あの子たちが家に帰れるように。ワシの精一杯の力で、あの子たちを送り出してやりたいんじゃ…」

今必要なのは満足に動ける体。
それが駄目なら、作業するシンゴやチャコを傍で見守る体力がほしいとポルトは思った。
皆が安全に大陸へ渡れる、頑丈な船を作り上げるのを見届けたい。
すがるように見つめる写真の面影は、照れたように微笑んでいるばかりで、ポルトはその写真を黙って胸に押し当て目を瞑った。


『みんなの家』を出発したルナたち一行は、ようやく東の森とを隔てる崖にたどり着いた。

ルナ「ここを降りたら、休憩にしましょう。アダム、大丈夫?」
アダム「うん」

ベルが先頭になって、ロープを手にしながら、傾斜と段差のある崖の洞窟を下っていった。
水が激しく落ちる滝の脇を出て、顔に冷たい霧状の水を浴びながら川に沿って森の手前に到着すると、一行は川の岸辺に座り込んだ。

シンゴ「はあ〜。遺跡がもっと近かったらいいのに」

ガブガブと水を満足するほど飲み終えて、足を大きく広げて座りこんだシンゴは、疲れた顔でぼやいた。

ルナ「そうね。移動に往復三時間は大きいもの」
シンゴ「でしょ〜?」
チャコ「昨日もここで伸びとったけど、大丈夫かいな」
シンゴ「ちょっと休んだら大丈夫だよ。あーあ、ボク、遺跡に泊まりこもうかな」
ベル「遺跡に?」
シンゴ「そうしたら、部品探しに集中できるでしょ?」
カオル「崩れる危険のある遺跡の中では寝てられないぞ」
シンゴ「うん…、確かに…。外で寝るのは心配だし…」
ベル「大きな動物がまだいるからね」

シンゴは今までに襲われた数々の巨大生物の姿を思い出して、思わず湧き上がった寒気に二の腕を擦った。
寝てる間に食われるなんてまっぴらごめんなのだ。

チャコ「あのでっかい蛇みたいなの、まだまだおるんやろうなあ」
シンゴ「うっへえ…、やめてよ、思い出しちゃうじゃないか」
カオル「いずれ作業が本格化すれば、どのみち寝泊りしなくてはならないな」
ベル「うん。家をひとつ作ることを考えないといけないようだ」
ルナ「そっか、家を作らないといけないのね…」
チャコ「ちゃんと扉のついたもんが必要やな」

船を作るだけでなく、他にも色々と準備していかねばならない事柄を見つけて、皆気難しい顔となった。

ルナ「忙しくなるわね。まず遺跡に行きましょう」

立ち上がると、川に沿って木漏れ日が漏れる鬱蒼とした森の中を進んでいった。
しばし歩くと、チャコが辺りを探すようにキョロキョロしだした。

アダム「チャコ、何してるの?」
チャコ「ん?昨日はうっかり通り過ぎちゃったんやけど、あのでかい蛇はどうなった思て」
シンゴ「あ、もしかして、あのでっかいヤツ?」
カオル「…それなら、もっと茂みの向こうだったはずだ」

槍を手に列の一番後ろを歩いているカオルが渋い顔で告げた。

チャコ「そっか、ちょっと見てくるわ」
シンゴ「もういいよ〜!」
チャコ「手負いで、藪から突然出てきて襲われたらかなわんやろ?」
シンゴ「それはそれで嫌だけどさ」

ガサガサと茂みに入っていくチャコを、シンゴは仕方なく後についた。

チャコ「おお、おった、おった!」
シンゴ「え?ホント?」

同じ場所にいるということはもう死んでいたということで、シンゴはホッと顔を弛めて茂みから覗きこんだ。

シンゴ「ぶへーーーっ!!くっさ!」
ルナ「ふっ!」
アダム「鼻が痛いよ!」

まずは腐敗による猛烈な匂いに息が詰まった。
シンゴに並んで覗きこんだルナとアダムも臭さに思わず鼻を押さえた。
死骸に群がっていた虫たちが、シンゴたちの声に驚いて一斉に飛び上がった。
倒された蛇の硬い皮膚は裂け、白い骨格が長々と地面に横たわっていた。

ベル「ずいぶんと大きな蛇だね」
シンゴ「ほんと、ボクの記憶の二倍はあるよ」
チャコ「膨らむか、そんなに…!」
シンゴ「あ、だって、蛇は正面からしか見てなかったし…」

海蛇と比べたら可愛いサイズではあるけれど、森の中で遭遇するには実に嫌な大きさである。
あらためて丸呑みされてもおかしくない大きさを実感して、シンゴは青ざめた顔でブルリと震えた。

カオル「…時間がもったいない。もう行くぞ」
ルナ「あ、うん、そうね。みんな〜、行くわよ」

カオルは茂みをのぞくのも嫌で、そう言い終えると、もとの道に戻るべく向きを変え、その姿にルナが大声で皆を招集した。
それからまた、広い東の森の中を黙々と歩いた。

立ち並ぶ巨大な木立ちの向こうに遺跡が現れて、前の日に訪れているシンゴとチャコは笑顔を浮かべ走り出し、間違いなくこれが今の姿だと思い込むために、アダムは立ち止まった。

ルナ「大丈夫?」
アダム「うん…」

自分を気遣って立ち止まるルナやカオル、ベルを見上げて、アダムはコクリと頷くと、遺跡に向かって歩き出した。

ルナ「ねえ、カオル」
カオル「なんだ?」
ルナ「あの人たちのお墓は、この遺跡の近くなんでしょう?」
カオル「ああ。あの裏手の丘を登ったところだ」
ルナ「連れて行ってほしいんだけど、いいかな?」
カオル「ああ、わかった」
ベル「オレも行くよ」

すぐにも部品探しをはじめようとしていたチャコが、不思議そうに振り返った。

チャコ「何や、どこぞに行くんか?」
ルナ「お墓参りよ」
シンゴ「えっ、脱獄囚の?……ボクも行くよ」
チャコ「ほな、皆で行こか」

カオルが先頭になって、遺跡の裏手にあたる斜面を登っていった。
背の高い草が伸び放題になっていて、ベルが石ナイフで邪魔な草を切り落として道幅を広げていった。

ベル「これは大変だったね、カオル」

労うベルの声に、カオルは目線を流してきただけで、寡黙に先を歩いていく。
後を歩いていくルナは、三人分の骸をたった一人で運んでいた姿を思い描いて、胸が塞がる心地になった。
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