サヴァ小説1

□海原越えて
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八人と1匹は、大陸を目指して無人島を出発した。
シンゴとチャコ、そしてポルトが心血注いで設計した船は、風に押され悠々と進んでいった。
それはまるで、ポルトの節ばった大きな手に押されるかのようであった。
何度も振り返り、皆で見つめた島は、あっと言う間に水平線のかなたに消えていった。
船の周りには、青く深い海と、空だけが見渡す限り続いていた。

反重力装置の効果で、船は海に着水することなく、低空に浮かぶようにして進んでいく。
見新しい景色に、皆が落ち着きなく見つめるうちに、空はたそがれ、そして暮れていった。
ライトを灯して止めることなく船は行く。

シャアラ「ルナ、そろそろ食事にしましょうか?」
ルナ「え?あ、うん」

食料庫兼台所の丸い窓から見える、木もなく、ただ空と海が広がる景色を見つめていたルナは、背後からのシャアラの声にハッとして振り返った。

シャアラ「すっかり違う世界に来たみたいね」
ルナ「ほんとに」
シャアラ「どこかに島がないかしらって、日が暮れるまで探しちゃった」
ルナ「シャアラ、大陸まで、この海には私たちが居た島以外に島なんてないのよ」
シャアラ「うん。それはわかってるんだけど、陸地がないのが不安になったの」

シャアラは罰悪そうに、少し顔をしかめて笑って見せた。

ルナ「このまま順調に進めば、すぐに大陸につけるから」
シャアラ「ずっとこのままいい天気が続くといいわね」
ルナ「そうね。それじゃあはじめましょうか」

二人は食事の用意をはじめた。
食料庫には積み込んだくだものや日持ちのする食材が箱からはみ出すほどに積まれていて、ひとつひとつ手にしながら熟したものを選んで、いつものまな板と石ナイフを取り出した。

シャアラ「あっ」

グラリと船が揺れて、転がりそうになったくだものをルナはすばやくキャッチした。

ルナ「気をつけて」

掴んだものをシャアラに渡すルナだ。
海水につかずに浮いているとはいえ、風に起きる波がやってくるたび、船は波と同じだけ大きく揺れるのだ。
不安定な中で、二人は慎重にくだものを切り分けていった。

シャアラ「皆ー、食事の用意ができたわよー」
ルナ「寝室のテーブルに運ぶから、交代で食べてくれる?」
ハワード「えー、交代でぇ?」
ルナ「そうよ。今、展望台でメノリが見張りをしてるから、食事が終わったら交代してきてほしいの」
ハワード「えー、ボクがァ?」
チャコ「文句言っとらんと、ほら、さっさと行く」
ハワード「ちぇー。どうせなら船の操縦をしたいよ」
ルナ「…えっ?」
チャコ「無理や、無理や。大事な船なんやで」

チャコが手をあおぐようにして実に嫌そうな顔で告げた。

ハワード「ちぇっ」

ハッキリとそう言われて、ハワードは苦々しい顔をしながらも、ガニ股で操縦室を出て行った。
けなされたけれど、とにかく待ちに待った楽しい食事を食べる方が大事なのである。

ルナ「チャコ、ハッキリ言いすぎよぅ」
チャコ「壊し屋には、このくらいハッキリ言わんとあかんのや」

数々の経験から、触らせないのが一番とチャコは理解したのである。
この海上で船に何かあれば、一大事なのだ。

シャアラ「アダムも行っておいで」
アダム「うん!」

操縦室後部にある竹で作ったベンチに座り、夜空を窓から覗いていたアダムは、シャアラに促されるとチャコと一緒に出て行った。

ルナ「ベルは?」

操縦席に陣取るシンゴとカオルを見やって、ルナは訊ねた。

シンゴ「風が出てきたから、帆のロープのチェックを頼んだんだ」
ルナ「じゃあ、デッキに居るのね。二人も交代で食事をとってくれる?」
カオル「オレはここで」
ルナ「ここ?」
シンゴ「ボクもここでいいよ」
ルナ「ここじゃ、落ち着いて食事はできないでしょう?」
シンゴ「少し波が出てきたからね。もう少し様子を見ていたいんだ」
ルナ「二人がそれでいいのなら、今運んでくるね」

自動操縦にしているようなのだが、シンゴはしきりにパネルに表示されるデータをチェックしていた。
小難しいことはわからないルナだ。
一度コンテナの中で誤作動騒ぎを起こして以来、前ほど積極的に機械に触れないようにしていた。
けれど、大陸に着くまで、あと数時間で到着というわけではない。
二人だけで交代して何日も操縦していくのは無理があるだろう。
夜になったから、体を休めるからと言って、そのたびに船を停泊させるわけにはいかないのである。
食料に水、大切なものは余分に準備して積んではいるが、天気がこの先どう変わるか心配なため、はやく大陸に渡りたいところだ。
この先、落ち着いたら、操作方法を教えてもらって、何人かでシフトしていかないと。
そうルナは考えながら台所に戻り、二人の食事を、ひとつのトレーに移して用意し運んだ。
ずっと葉っぱが皿がわりであったが、今回の船出にあたり、余った鉄材を使ったしっかりした造りのものに変わっていた。
ある程度の重さがあるため、多少の揺れでは滑ったりガラガラと崩れることがない、ということで。

コツコツ。
足音を響かせながら、ルナとシャアラが操縦室に入ってきた。
あくびをかみ殺していたシンゴが、その足音に振り返る。

シャアラ「シンゴったら、眠そうね」

思わず浮かんだ笑みに、シャアラは片手で口元を押さえた。

カオル「朝が早かったからな…」
ルナ「そうね…」

カオルの静かな声音に、皆感じ入るような眼差しに沈んでいった。
朝日の訪れと同時に、今朝は大切な人と永遠の別れをしたのだった。
今もまだ、どこかで作業をしていそうなくらい、突然の別れであった。
一晩でも二晩でも、あの地にとどまればよかったのかもしれない。
旅立った今でも心は揺れる。
けれど誰が言い出したわけではなく、決めた日程を変えず、自分達は船出を決めたのだ。
それがポルトの意思だと信じて。
ポルトは、死の間際まで、船の完成に力を尽くしてくれた。
悲しみに足を止めず大陸を目指して出発する。
そうすることが、一番安心してもらえることなのだと。

カオル「シンゴ、先に休んでくれ。朝になったら交代しよう」
シンゴ「あ、うん、わかった」

シンゴはそう言って頷くと、席を立った。
ルナとシャアラの脇を通り過ぎると、滲んでいた涙を隠すように手の甲で拭った。
ポルトの面影が浮かんで、やっぱり寂しさと悲しみに自然と涙が浮かんでしまうのだ。
足を止めずに、振り返ることなく、シンゴは台所奥に続く寝室へと向かっていった。

ルナ「シンゴの代わりに私が」

カオルに告げて、まだぬくもりのある席に座りこんだ。

カオル「一人で大丈夫だ」
ルナ「操縦はできないけど、カオルが眠そうになったら起こしてあげるわ」

ルナのにやっとした含みある微笑みに、カオルは口元を少し歪ませてみせるのであった。

ルナ「シャアラもこのまま休んで、明日になったら私と交代してくれる?」
シャアラ「わかったわ。アダム?アダムも休みましょう」

シャアラは後方にある窓の外をもたれるように座って見つめているアダムの小さな背中に向かって声をかけた。
けれど返事がない。
シャアラは席からアダムのもとへと歩いていく。

シャアラ「アダム?」

そっと前に屈むようにして顔を覗くシャアラである。

ルナ「どうしたの?」
シャアラ「ふふ…もう寝ちゃってる」
ルナ「あら…」

シュウン。
デッキのハッチが開く音と、同時にハシゴをカンカンと音を鳴らして降りてくる音が響いてきた。

ハワード「うおおお、明るいっていいなあ、おい!」
メノリ「何を言ってるんだ、当たり前ではないか」
ハワード「何だよ、ライトのつく室内、素晴らしいじゃないかー」
シャアラ「お疲れ様」

ベルと交代して二人が降りてきたのである。

メノリ「ルナ、シフトはどうする?」
ルナ「とりあえず今夜は、私とカオルでやるわ。明日見張リのベルとどちらか交代してくれる?」
メノリ「わかった。カオル、無理しないで、何かあったら言ってくれ」
ハワード「何かあったらって、お前が操縦できんのかよ?」
メノリ「できない」

潔い言いっぷりに、思わずずっこけるハワードである。

ハワード「何、自信満々に言ってんだよ」
メノリ「できないことを偽ったってしょうがないだろう。何かあればシンゴかチャコを呼んでくるくらいだが」
ハワード「はいはい…」
メノリ「はいは何度も」
ハワード「わーかってるって」
シャアラ「ハワード、ちょっと静かに」
ハワード「何だよ?」

シャアラはそっと指先でアダムを指した。

メノリ「おや…」
シャアラ「手伝ってもらえるかな?せっかく寝てるの起こすのかわいそうだし」
メノリ「わかった。じゃあ私が足をもとう」
ハワード「いいよ、ボクが運んでやる」

二人を割るようにハワードが間に入り込んで、あっと言う間にアダムを軽々と抱き上げた。

「……」
ハワード「何だよ、その顔…。ボクだってなあ、このくらい持てるんだ…よっ」

二人の呆然とした顔をうんざりした目で見やると、よろけながらもアダムを運んでいった。
固まったまま、見送る二人だ。

メノリ「…明日は…」
シャアラ「え?何?」
メノリ「雨だな…」
シャアラ「そんな空模様だったかしら?」
メノリ「きっと降る…」
シャアラ「もともとハワードは面倒見がいいから、お天気も大丈夫よ」

クスっと笑って話すシャアラの様子に、メノリは首を傾げ見つめた。

メノリ「そうだったか?」
シャアラ「アダムが来たばかりの頃だって、率先して遊び相手になったりしていたでしょう?」
メノリ「うーむ…」

シャアラが言うほどいいことをしてなかったのであるが…。
微笑むシャアラに、メノリは引き攣った顔を無理に笑い顔を作ると、寝室へと向かい、シャアラも後を追うように操縦室を出て行った。

皆引き上げ、寝静まったことで、辺りはシーンと静かであった。
控えめの室内ライトが灯る中、前方を照らしているライトに揺れている海が見えるばかりで、遠くを目をこらしても闇夜が続くばかりで何も見えなかった。

ルナ「カオル、疲れない?水でも飲むなら持ってくるわよ」
カオル「いや、平気だ」

言うだけあって、操縦桿を握るカオルの横顔は疲れは見当たらなかった。
見つめていると、前を見つめるカオルの目に、楽しそうな色が浮かんで見える。

カオル「…なんだ?」
ルナ「あ、ううん。何か嬉しそうだな〜って思って」

ルナに言われて、カオルは口元をちょっと歪めて首を傾げた。
姿勢を正してから、ルナを横目で見つめる。

カオル「…そう、見えるか?」
ルナ「何となく」
カオル「……」

罰悪そうなそんな色がカオルの顔に現れてきて、ルナは寄りかかっていた背を正した。

ルナ「責めてるとかそういうつもりはないのよ、カオル。何ていうか…その…。何だか嬉しそうで、私も嬉しいなって」

ルナがへへっと目を細めて笑うと、カオルは困ったような笑みを口元に浮かべて前へと目を戻した。
ルナは本当に嬉しかったのだ。
不慮の事故でルイを失ったカオルは、夢を諦めた。
脱獄囚との奪い合いで、オリオン号が墜落したことに心を痛めたことも。
様々なことがあって、これまで避けてきたことを今は見据えるように座っている。
もちろんこれが夢を埋める行為であるとは言いがたいが、それでも目指していた世界を近く感じて、いつも静かな横顔が輝いて見えるのだ。
夢を語っていた両親の輝くような顔つきと重なるようで、ルナは嬉しかった。


夜空は徐々に色をなくして白々とした明るい色の空へと変わっていく。
はじめて過ごす海の上での夜明けである。
いつもであれば、夜明けに鳴く鳥の声は聞こえるのだが、周りに島の影すらない洋上では何も聞こえず、ただ波のうねる音ばかりが響いていた。
朝日のまばゆい光が伸びて、海は金色に照り返しはじめた。

エンジンの音が床下から響く以外には静かな操縦室に、テクテクと独特の足音がやってきた。

チャコ「おはようさーん。おつかれやったな〜」
シャアラ「おはよう、二人とも」

チャコとシャアラである。
二人の声に、席についたままのカオルが、振り返ってみせると小さく頷いた。

チャコ「まだなーんも見えんなあ」

ひょいと左右の操縦席の間にある計器の上に飛び乗るとチャコは額に手をかざすように当てて海原を見渡した。
ただまっすぐな水平線を見てとると、目は自然と左の席に座るルナへと向かった。

チャコ「ルナ…寝てるし…」

座ってはいるが席にもたれて、スースーと規則正しい寝息をたてていた。
背後からシャアラも覗き込んで、ルナの安らかな寝顔に、クスクスと笑った。

チャコ「カオル…、アンタ何で起こさんのや?」
カオル「オレがきちんと起きてるからいいだろ。それにずっと寝てたわけじゃない」
チャコ「そやけどなあ、ホレ、ルナ」

寝てる姿を他の誰かに見られたら、何を言われるか。
ゆうべからぶっ通しで起きていて疲れているのは確かなのだけど。
いつものルナなら早くに起き出してる時間であるのだ。
ルナはリーダーであるから、こんな姿を見られては示しがつかないのだ。
もう交代の時間になるし、後は休めるのだとチャコは思って、可哀相と思いつつも体を揺すった。

ルナ「うーん…」

チャコの揺すりから逃げるように、ルナは目を覚まさないまま狭いシートの中で身じろぎするばかりだ。

そうしてるうちに、背後の台所付近から賑やかな声が聞こえ出した。
メノリの声とハワードの声だ。
いつもの寝起きのやりとりだ。

ハワード「ふあーあ、起きたぜ〜」

腹をかきながら、寝ぼけた眼のままにハワードがやってくる。
御曹司の欠片も感じられない様相に、つい振り返ってしまったシャアラとチャコは浮かんだ笑いをぐっと堪えた。

シャアラ「お早う、ハワード、よく眠れた?」
ハワード「まだ眠れるよ。ふあああ。大陸は見えてきたか?」

チャコの後ろから、コクピットの窓の向こうを覗くハワードだ。

チャコ「まだ見えん。まだまだ見えんわ」

自分の目でも、まったくただの海が広がる様を見つめて、ハワードは寝起きの顔でため息をついた。

ハワード「ふぅ〜ん…なーんだ、まだか。な、ルナ、今日の当番だけどさ」

左右の操縦席に手をかけて、ハワードは当番をしているルナを見やった。

ハワード「何寝てんだよ!おいルナ!」
ルナ「はあっ!」

ハワードの一喝に、ルナはビクリと体を揺らして飛び起きた。
すっかり明るい空と海を目にして、そしてルナはカオルの方を見やった。
居並ぶカオル以外の顔ぶれに、ルナは動揺し引き攣った顔で頭を垂れた。

ルナ「ごめん…、寝ちゃってた…」
カオル「…少しだけな」
ルナ「あっちゃ〜…」

少しどころではないだろう。ルナが寝オチする前は、空はずっと暗かったのだから。
情けないやらで、ルナは頭を抱えて嘆きのため息をもらした。
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