サヴァ小説番外編

□警備カオルと人魚ルナ
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【警備カオルと人魚ルナ】


大海原に、ぽつんと置かれたような、緑でいっぱいの小さな島がある。
島へ向かうと、深い青い色の海が、浅瀬になると淡い碧がかった色に変わっていく。
揺れる海面から網模様に光が差して、淡くどこまでも見渡せる浅瀬に、ルナは大きな瞳を輝かせて、岸を目指して泳いでいく。

「……」

崖がせり出して波をうけている岩場にルナはたどりついた。
そして警戒しながら、小さな顔を岩の間から覗かせる。

「ほああ…」

白い砂浜の向こうには、緑の森が豊かに広がっていて、その先がどうなっているのか、知らぬ世界を目の前にしてルナはため息を漏らした。
水から出られない自分には、誘惑はあれど、その先へ進むことは無理なのだ。
岩場から顔をひょっこりと出して、色鮮やかな景色を見つめるばかりである。
寄せては返していく波にゆらゆらと揺れながら、ルナは鱗に覆われた尾を揺らして、波をかぶらないように体勢を整える。
もしも、自分にヒトと同じ二本に分かれた足があったなら、迷わずこの白浜を駆け回って、そして行く手を阻むように広がっている緑の木々の向こうへと走っていくのだけれど。
走るのは、目一杯の力で泳ぐのとはどう違うのだろうか。
ルナは、海の色のような青い色の瞳を輝かせて、まばたくのも勿体無いとばかりに見つめ続けた。

「…!」

そうして見つめていた森の木立の暗がりから、すらりと背の高いヒトが出てきた。
濃い茶の短めな髪が海風を受けて、切れ長の瞳が、長めの前髪で見えたり見えなくなったりしている。

ピー

突如けたたましい音が鳴り、人物はあわてる様子なく、着ている黒の袖なしのジャケットから無線を取り出すと、顔の横に当てた。

「はい。こちら異常なし」

聞こえてきた低目の声音に、ルナは思わず頭をひっこめた。
岩場の影とは言え、つい興味のあまり、よく見ようと首を伸ばしていたことに気がついたからだ。
これではチャコに怒られてしまう。
人魚とヒトは仲良くはなれないと言うのだ。
耳にタコが生えそうなくらい、いつも口をすっぱくして言われているというのに。
それなのに、気が付けば、かつては人魚の楽園と言われた浅瀬にやってきてしまったのである。
駄目といわれると、より興味が沸く。
ちょっとだけのつもりが、はじめて見るものばかりで、一度が二度に、二度が三度にとなってしまった。
そろそろ気付かれて雷が落ちてしまうかもしれない。

背の高いヒトは、ルナには気付かず、ルナが居る岩場とは逆の方向へと歩き出した。
長い足で、サクサクと砂を鳴らすように踏んで歩いていく。
何をしているのか、興味心がやはり沸いて、ルナは海に体を沈めると、水音をさせないように、浅瀬を泳ぎ渡りはじめた。
彼が砂を踏む音を拾いながら、ルナは泳ぐ。
盗み見るように、端正な横顔を波間からこっそりと覗く。
海風をうけて、髪の毛が遊ぶように揺れている。
触るとどんな感触なのだろう?
いつも濡れている自分の髪も、乾かすとあんな風に揺れるのだろうか?

「あれ?」

浅瀬の終わり、岬の近くまで来たら、気付けば追っていた彼の姿がなくなっていた。
岩が高くなっているため、自分には見えない向こうへと行ってしまったのかもしれない。
ルナは彼の姿を探して、岩場の石に手をかけた。

「そこで何をしている」

上から届いた鋭い声音に、ルナは驚いて顔を岩の上へと向けた。
そこには、先ほどから追いかけていたヒトの姿があった。
太陽の光を背に受けて立つヒトの顔はよく見えない。

「あ…!」
「人魚か」

見つかってしまった。
冷たい深海の水を飲んだかのような心地になったルナは慌てて海に体を沈め、くるりと反転した。

(急いでここから逃げなくちゃ)

後方からヒトの叫ぶ声が聞こえた気がした。
意識は彼へと向かいながら、ルナは進む方角へと目を向けた。

「ああっ!!」

目の前に巨大な影が阻んでいる。
さっきまで何もいなかった浅瀬の海に、いつの間にか巨大なカニの姿があった。
慌てるルナの目の前を、カニの鋭くごつい鋏のついた手が海水をきるようによぎっていった。
海は泡立ち、底を覆う白い砂が浅瀬の透き通った海を濁らせていく。
前が見えなくなったルナは海面に顔を出した。
ルナを追ってカニが迫ってくるのがわかり、ルナは怯えから歯がカチカチとなった。
カニの黒い目に、青ざめている自分の姿が映りこんでいるのを見上げて、ルナは恐怖に体を凍らせた。
鋏のある手をカニは振り上げる。
その時である。

「逃げろ!こっちだ!!」

背後から、空気を裂くように響く声がかけられて、ルナははじかれたように体を返すと、無我夢中で声のする方へと懸命に泳いだ。

「ああ、ああああ」

ルナの尾ひれのすぐそばを、カニのはさみが振り下ろされ波が切れる。
それでも必死に声のした方を、ルナは目指した。
先ほどより、下の岩に彼の姿があった。
手を広げて待っているそのヒトの下へ、ルナは迷わず飛び込むように泳ぐ。

「よし!」

両脇を大きな手で掴むと、軽々とルナを持ち上げた。

「悪いな、ちょっと揺れるぞ」

ルナを肩に担ぐと、そのヒトは岩場を跳ねるような足取りで登った。

「ここまで来たら大丈夫だろ」

先ほどまでルナは泳いでいた浅瀬が、ずっと下に見えた。
カニは岩場の岩を残念そうに鋏で突いている。

「カニ、追ってくる?」
「エサを諦めたら戻るだろ」
「エサ…」

はじめてヒトと会話したというのに、エサ呼ばわりされてルナはショックだった。


カニがいる浅瀬とは岬を挟んだ反対側の外洋に運ばれ、ルナは肩から下ろされ両脇を掴まれた状態で、ヒトと向き合った。

「ほら、今のうちだ」

濃い色の前髪が揺れる下にある茶色の瞳が自分を映しこんでいて、ルナは急に恥ずかしいような心地になって頬が熱くなった。

「…あ、ありがとう…」

勇気を振り絞ってそう言うと、向かい合うヒトの口元が、怒っているような一文字に結んだものから、微笑みに緩んでいく様をルナは見入った。

「ほら、行くんだ」

憧れていた陸から、ルナは青い海へと放たれた。
浅瀬と違って大きな深い波をうけながら、ルナは何度も後ろを振り返りながら島から離れていった。
ルナが手を振っても、そのヒトは岬から見守るように立っているだけで、振りかえしてはくれなかった。

不思議な痛みを胸に感じながら、ルナは棲家である人魚の国へと帰っていった。



☆☆☆
閃いたら続くかも^^;

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