サヴァ小説番外編
□ある日の無人島 その2
1ページ/3ページ
それは、のどかな天気のいい日の無人島での出来事。
「おーい、アダム〜ぅ、こっち来いよ!」
広場で、メノリに教えてもらった片言の英語を、棒を使って地面に綴っていたアダムは、湖の岸辺からハワードに大声で呼ばれて、ついと顔を上げた。
アダム「何?」
ハワード「いいから!こっちに来てみろって!」
何だかよくわからないけれど、ハワードがああして呼ぶ以上は行かないと治まらないことを、アダムはすっかり学んでいたため、棒を置くと、ハワードのところに小走りで向かった。
ハワード「いいか、アダム。こうやって石を投げると面白いんだぞ!」
ハワードは、アダムが傍にやってくるなりそう言うと、手にしていた小振りの石を湖へと横投げした。
パシャ、パシャ。
石は水面を蹴って、一回二回と波紋を浮かべて沈んでいった。
アダム「わー、すごい!」
ハワード「へっへ〜ん」
アダムの驚く顔を、ハワードは自慢げに振り返り、どんなものだと言わんばかりに胸を張った。
アダム「ボクもやりた〜い!」
ハワード「まずは、手ごろな石を探すんだ」
アダム「うん!」
アダムは綺麗に整備されている広場を歩き回り、さきほどハワードが投げたのと同じ按配の石を探してきて、よたよたと抱えて戻ってきた。
ハワード「…ずいぶん持ってきたなあ」
待ちくたびれた様子で岸辺にしゃがんでいたハワードは、地面にドサっと置かれた石の多さに呆れた声を上げた。
アダム「え…、こんなにいらなかった?」
ハワード「ん…、まあ、いいや。ほら、アダム、投げてみろよ」
アダム「うん!」
気を取り直して、アダムは石を手に持つと、小鼻を膨らまし、小さな可愛らしい唇を突き出すほどに力んで、石を投げた。
アダム「えええいっ!」
アダムにしては結構な距離を飛ばした。
でも飛ばしただけで、石は水面を蹴ることなく「ボジャン」と寂しい音と波紋を残して水面に消えていった。
アダム「あれ〜…」
思ったようにいかず、残念な声がアダムの唇から漏れた。
ルナ「ふたりとも、何やってるの?」
アダム「あ、ルナ!今ね、石投げをしてるの」
ルナ「石投げ?」
アダム「ハワード、もう一回投げてみせて」
ハワード「ああ。こうやって投げればいいのさ!」
石を拾い上げると、ハワードは先ほどと寸分変わらぬフォームで投げた。
ぴょん、ぴょんと、まるで羽根のある生き物のように石は跳ねて、穏やかな水面に波紋を広げて沈んでいった。
ルナ「石が跳ねたわ!」
アダム「ね、ルナもやってみて!」
ルナ「ええっ?私が?」
アダムはすかさず石を拾い上げると、ルナに期待混じりの顔つきで渡した。
渡された石を、しばししかめるようにして見つめたルナは、ハワードが投げたように、足を前後に開いて、勇ましく投げた。
アダム「あっ!」
ハワード「おっ!?」
投げた石は、勢いと飛距離があり、三人が見つめる中、高度が下がって水面を一回跳ねてから水に沈んだ。
ルナ「わ!跳ねた!」
アダム「ルナ、すごーい!」
ハワード「ま、まあ、一回跳ねたくらいじゃまだまだだけどな」
思わず自分と並ぶくらいいくかのように見えたハワードは、ホッとしながらも、偉ぶった声を上げた。
シャアラ「集まって何をしてるの?」
メノリ「ずいぶん騒がしいな」
声に振り返ると、シャアラとメノリが不思議そうな顔で立っていた。
アダム「石投げしてるんだよ!こうやって!」
アダムは石を拾うと、先程よりはハワードの投げるのに似せて投げた。
距離は飛んだものの、力がないため、ゆるやかに飛ぶと、またしても「ボジャン」という水の抵抗の音を大きく響かせてから石は沈んでいった。
アダム「…あ〜…」
ハワード「まだまだだなあ」
上手くいかなくて肩を落とすアダムに、ハワードは口の端を上げて、至極嬉しそうな顔となった。
割と物覚えのいいアダムが簡単にできないことがあるのは、ハワードにとって嬉しいことなのだ。
いくら頭が優秀でも、体は子供で思うようにできないあたりをかまうのが楽しいハワードである。
手取り足取り教えてあげて、アダムに尊敬の眼差しで見上げてもらうのを目論んでいた。
なぜなら、他のメンバーでは誰もそんな感心した顔では見てくれないからだ。
ハワード「アダム、投げ方はなあ」
メノリ「おーい、カオル!ちょっとこっちへ来てくれ!」
ギャラリーを抱えて、ハワード大先生の享受がはじまろうという時に、メノリが『大いなる木』の向こうで薪割りをしているカオルを呼んだ。
内心(え〜)とガッカリして顔を上げたハワードの目に、何事かと相変わらず無愛想な顔つきでやってくるカオルの全身黒ずくめの出で立ちが目に入った。
カオル「何かあったのか?」
カオルの背後には、様子を見るべく、ベルもついてやってきていた。
メノリ「カオル、お前ならこういうの得意だろう?」
メノリの話に、何事かと目を大きくしたカオルに、ルナが手にした石を掲げ、ニコリと笑いかけると、湖を向いて、素早い振りで石を投げた。
石は水面をピョンと一回飛んで、そして沈んだ。
ルナ「あ〜、やっぱり一回しか跳ねないわ。こうやって石を水面の上を弾かせるの。できる?カオル」
アダム「わー、やってみせて、カオル」
期待に満ちた眼差しで、カオルを見上げるアダムに、ハワードは内心あせった。
このままでは計画の崩壊である。
超人レベルな運動神経の持ち主であるカオルが、ヘマをするわけがない。
ヘタすれば、自分の二回の記録をはるかに上回るかもしれない。
何かいい手を考えなくては…。
「ねー!皆、何やってるの〜?」
リビングからシンゴの声が届いて、顔を上げると、ベランダから乗り出しているシンゴとチャコの姿があった。
アダム「石投げしてるんだよ〜」
シンゴ「何それ?面白いの?」
チャコ「ちょいとばかし、覗きにいってくるか?」
顔を見合わせて話しているシンゴとチャコに、ハワードはひらめいた。
ハワード「おお!シンゴも来いよ!一緒にやろうぜ!」
言い終えると、ちょうどルナがカオルに石を渡そうとしている間を割るように、ハワードはすかさずその石を奪った。
ルナ「えあ!ハワード、どうしたの?」
ハワード「ようし、皆揃ったところで、石投げ大会としよう!」
あっけにとられているルナに目を合わせず、ハワードは奮起した様子で皆に語った。
シャアラ「石投げ大会?」
メノリ「今日は忙しいんだ。そんなのやってる暇などないんだぞ」
ハワード「ちょっとくらいいじゃないか!たまには遊ぶことだって大事なんだぞ!な、ルナ!」
ルナ「え…」
無視の次は、いきなり話を振られて、ルナは一瞬躊躇した。
傍らで見上げている、はつらつとしたアダムを目にすると、じゃあやめましょうとは言いがたいルナだ。
ルナ「ん、まあ…、少しぐらいならいいかな?」
メノリ「ルナ…!その少しが」
ルナ「まあまあ。これから忙しくなるんだし、遊べる時に遊ぶのも大事かなって」
自分たちはすっかり大きくなって忘れがちだが、アダムのような小さな頃は毎日のように公園で遊んだものだったのだ。
毎日食料探しとか作業で明け暮れて、遊ぶ時間がないのは可哀想に思うルナである。
ルナ「そんなに時間がかかるものでもないんでしょ?」
ハワード「ああ。皆でやってパーっと盛り上がるだけさ」
メノリ「…まあ、皆がいいと思うなら、私はそれでいい…」
話の行方を心配そうに見つめているアダムに、さすがにメノリも気づいてトーンダウンした。
メノリの了承ともとれる言い様に、アダムの顔はホッと弛んだ。
シンゴ「で?何をするの?」
チャコ「水の上を、石を沈めないように投げるんやろ」
シンゴ「あ、チャコは見てたの?」
チャコ「上から見てたら綺麗やったで〜。水の波紋がぶわわ〜んってな」
シンゴ「へえ〜、何かよくわかんないけど。じゃあ、さっそくやってみようよ!」
シンゴは置いてある石を拾い上げたが、目ざとくそれに気づいたハワードが、するどくその手を叩いて石を落とした。
シンゴ「いった!ちょっとハワード、何すんだよ!」
叩かれた手の甲を擦りながらシンゴはハワードを見上げる。
ハワード「練習は無しだ」
シンゴ「えー、そんなのないよ!皆、投げたりしてたんでしょ?」
ハワード「アダムとルナだけだ。こういうのは一発勝負が面白いんだよ」
メノリ「とすると、ハワード、お前が一番有利ではないのか?」
ギク。
言われて少し強張った動きで背筋を伸ばしたハワードであるが、それを悟られないように、にこやかさを保ちつつメノリを見やった。
ハワード「そんなことない。こんなのはちょっとした運だ。うまく投げられなかったら跳ねないで沈むだけ。だろ?」
シャアラ「…私、ちゃんと跳ねるように投げれるかしら…」
運動神経がいい方ではないシャアラは、すでに困り顔となっている。
ルナ「投げ方にコツがあるみたいよ」
これ以上の手引きはなしとばかりに、ハワードはシャアラとルナの会話を阻んで間に立った。
もちろん、そこは実に自然にやるハワードである。
ハワード「ようし、じゃあ、ルナが一番手で投げてもらう」
ルナ「えっ!?私!? だってまだ一回しか跳ねないのに?」
ハワード「ルナの投げ方は、バランスがとれてて見本にいいし、ぜんっぜん大丈夫だ」
アダム「うん!ルナ、ハワードとそっくりな投げ方だった」
ハワードのベタぼめに、アダムは思わずにこやかに言う。
ルナ「え、いや、ものは見よう見まねなんだけど。うーん…」
適当に言ってるかと思うハワードの言い様に、アダムが賛同したためルナは言葉に詰まった。
シャアラ「ルナなら、次はもっと上手に投げれるわ」
ルナ「…だといいけど…」
メノリ「ハワード、お得意の褒章は今回はナシなのか?」
シャアラ「そうね、せっかくやるんだから、何かあった方が面白いわね」
ハワード「うーーん、そうだなあ〜…」
思わぬメノリからの提案に、考えていなかった褒章をハワードは顎に手を当てて懸命に考え出した。
上手くいけば、その特典は自分に転がり込むのだ。
ただし、何をするにも器用なカオルがそれをかっさらっていく危険もある。
自分がしたいと思うことを横取りされるほど悔しいことはない。
ハワード「ん!カオルだったら、何を特典につけたらいいと思う?」
不意にハワードが振り返って訊いてきたため、カオルは不審そうに片眉をあげた。
カオル「何故オレに聞く?」
メノリ「珍しいな。さてはハワード、ネタ切れを起こしたのか?」
意外なことを言い出したことに、メノリは鼻で笑った。
ハワード「べ、別に!」
チャコ「ほんまや。てっきり食べ物二人前、そんでもって本日の仕事休み。とくるかと思たわ」
シンゴ「ああ、それ、ボクもそう思った!」
ハワード「…お前ら…」
ケラケラと笑い合うシンゴとチャコを、ハワードは煮えくり返る顔で睨んだ。
でも、ほんとはその案と行きたいところだった。
このやりとりを思えばそれを言わなくてよかったと、内心胸を撫で下ろしたい気持ちとなっていた。
ルナ「ね、カオルだったら何を特典にしたい?」
カオル「…別に」
チャコ「アンタ、ほんま欲がないというか。なーんかあるやろ?」
カオル「……」
シンゴ「…何にもなさそうだね…」
チャコ「ほんまや…」
考えているのか、ピクリとも動かなくなったカオルを見つめて、ため息混じりにシンゴとチャコがつぶやきあった。
チャコ「ほな、一番石が跳ねたもんに、夕食二倍でええんちゃうか〜?」
シャアラ「そうね。それだったら用意できるわ」
ハワード「え〜…、それだけかよ〜…」
メノリ「それに本日の仕事休みを追加すると、いつものになるが?」
うぐ。とハワードは口を閉じた。
ルナ「じゃあ、一番石跳ねのできた人には、マッサージをしてあげるわ」
ハワード「はあ!?」
ベル「まっ、マッサージ!?」
ルナ「そう!それだったらしてあげれるわ」
チャコ「ほおお、もみもみするんやな」
ベル「もっ、も、も、もみもみ!?」
ハワード「何だ?何赤くなってるんだ、ベル」
ベル「も、もみもみって、ど、どこを…」
チャコ「どこって、あそこ以外にどこがあるねん」
ベル「あ、あそこ…?」
シャアラ「ベル、どうしたの?顔が赤いわ、熱でもあるんじゃ?」
一気に紅潮しだしたベルを気遣うシャアラに、ベルはあわててロボットのように首を振った。
ベル「ほあああああーーー!!」
奇声を発して湖の岸に屈むと、ザバザバと顔を洗いだした。
ルナ「ど、どうしたの?」
メノリ「何だ、急に。具合でも悪いのか?」
顔を洗い、しばし放心したようにハアハア言ってたベルは、心配顔で立つ皆を振り返ると、憑き物が落ちたように弛んだ微笑みを見せた。
ハワード「何かきもい笑い顔だなあ…」
メノリ「…思っても言ってはならんこともあるんだぞ、ハワード」
ルナ「ちょっと、二人とも、声が大きいわよ。さ、早くはじめちゃいましょう」
シンゴ「そうだね」
メノリ「では、石投げの優秀な者には、一番ヘタだったものにマッサージをしてもらう、でいいな」
ルナ「えっ?私がするわよ」
メノリ「いや、それでは不公平だ。皆ゲームをするにおいては平等でなくては面白くない」
ハワード「人並み外れたのが混じってるけどな」
チラと、ハワードはカオルを警戒して見やった。
カオルは、なかなか話がまとまらないことに、広場のテーブルの丸太イスに座り、堂々たる様子でテーブルに寄りかかるように片肘をのせていた。
偉そうに。
その何事にも動じない無感動な顔つきに、ハワードはつい舌を打った。
アダム「ねえ、マッサージって何?」
ルナ「うん、こうやってね、肩を揉んであげるの」
ルナはアダムを前に両の手を下向きに掲げて、手の指を動かして見せた。
それをアダムは黒目がちな瞳を大きくして見つめる。
シャアラ「ルナ、チャコから聞いたわよ、肩もみが得意だって」
ルナ「そうなの、よくお父さんの肩を揉んでたからね」
ハワード「何だ、マッサージって肩揉みかよ」
つまらないとばかりにハワードはつぶやいて、チャコは不審そうに見上げた。
チャコ「他にどこを揉んでほしいんや?」
ハワード「え〜、そうだなあ…」
メノリ「日頃から何もしないお前の、どこがこると言うのだ」
ハワード「何だと!ボクだってだな」
シンゴ「はい、ストーップっ!これじゃいつまでたっても終んないよお」
延々ループになってる話題を、シンゴが呆れ顔で断ち切った。