サヴァ小説番外編

□ある日の無人島 その2
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メノリ「優勝者の特典は、末席の者が一番の者にマッサージを施す、というので決定だな」
ハワード「ええー?」

至極不満そうな声を上げるハワードだ。

メノリ「今回はもうそれに決める」
ハワード「何でリーダーでもないメノリが決定権を行使するんだよ」
メノリ「意義はないな?」
ルナ「ええ、それでいいわよね」
シンゴ「意義なーし。もうそれで行こう」
チャコ「そや、そや」
ハワード「軽いな、お前ら…」
シャアラ「じゃあ、マッサージは私がすることになるかも…」

このメンバーの中で一番運動能力に乏しい自分をよくわかっているシャアラはガッカリした顔でつぶやく。
そのつぶやきに、一番負けで下僕の如く自分がするということ以外に、一番になれば女の子にして揉んでもらえるというときめきタイムを一瞬にして脳内妄想してしまい、顔が弛んだ。
肩もみだという話はすでに吹っ飛んでしまっている。

ハワード「でえっへっへっへ…」
メノリ「…ハワード、何だ、そのだらしない顔は」
チャコ「ほんまや…涎が出そうなゆるみようやな…」
ルナ「ん〜、まあ放っときましょう。じゃ、はじめましょうか」

そう切り出したルナに、皆コクリと頷いた。

アダム「うん!最初はルナからだね」

アダムにルナは目で頷くと、アダムが集めてきた石の山からひとつを拾い上げ、湖を見据えて構えをとった。

シャアラ「ルナ、頑張って!」
アダム「がんばってー」

応援を背中に受けながら、ルナは右手に持った石を大きく振りかぶる。
今、まさにしなやかに伸びた腕が振り切られようという時、

「うわっ、いったたたた〜」

突然あがった後ろからの奇声と転がる音に気をそがれながらも、ルナは思い切り石を放った。
手から離れた石は勢いを乗せて、キラキラと輝いている水上を飛んでいく。
軽く二度水面を蹴って、そして水の中に消えていった。

ルナ「やったわ!」

ルナは思わず拳を握って、ガッツポーズで皆を振り返る。

シャアラ「わあ…!ルナ、すごい!」
アダム「さっきのよりも跳ねた」
ルナ「ええ。ね、投げる時に、誰か声をあげなかった?」

問いに、拍手をしていたシンゴが、急に唇を尖らせた。

シンゴ「ハワードだよ。急にぶつかってきたから、ボクまで転んじゃったじゃないか!」

実に苦々しく、シンゴは隣に立っているハワードを見上げた。

ハワード「悪い、悪い。ルナが投げるのをようく見ようと、こう色々としてるうちに、シンゴにぶつかっちゃったんだよ」

どう見ても、ルナの気を削ごうと上げた声であっただろうに、飄々とウソを続けるハワードである。

メノリ「まったく、お前と言うヤツは、おちつきがないな」

メノリに呆れた顔で見つめられても、ハワードはふふんと整った鼻をピクリと動かすくらいで怒りもしない。

ハワード「はいはい、どうせボクはおちつきのない美少年ですよ〜」
メノリ「誰が美少年と言った」
カオル「自分で言うとは、笑い種だな…」

思わず鼻で笑ってしまうカオルである。

ハワード「何だよ、こういうときだけでばってくんなよ、カオルぅ!」

言い合い慣れたメノリにはできても、カオルにはどうにもクールを努めれないハワードであった。

ハワード「笑い種とか言いながら、お前ぜんっぜん目が笑ってないし!」

ビシリとカオルを指差して、感情すら動く気配のないシャープなカオルの目を睨みつける。

チャコ「そんなのいつものことやがな。ほらほら〜、さっさと次いくで。次に放るのは誰やねん?」

ぴょいとチャコはテーブルに上がって、ピリピリしはじめた間を壊す勢いでチャコは大きく手を振って言う。

ハワード「ああ、もういいや!ようし、次はシャアラだ」

ハワードの名指しに、シャアラはドキリと目を大きくした。

シャアラ「えええ?もう私?あ〜ん、私、ちゃんと投げられるのかしら…」
アダム「大丈夫。はい、シャアラ」

シャアラに石を渡して、アダムはニッコリと聖人のような微笑みを浮かべた。
その優しい笑顔には、シャアラはあがなうことは難しく、困り顔のまま石を受け取ると、ルナが先ほど投げた位置に、大きく深呼吸をひとつすると向かった。

ルナ「シャアラ、頑張って」
ベル「上手くいくよ、大丈夫」

掛けられた声に、シャアラは肩越しにコクリと頷くと、大きく振りかぶった。

ハワード「思い切って投げ ロぅ〜」

妙に尻上がりの声援に、真剣に息を詰めて挑んでいたシャアラは堪えきれなくなって、踏ん張る力なく投げた石はヘロヘロした放物線を描き、すぐにボジャンという間の抜けた音を出して、煌めく湖水の中に消えていった。

シャアラ「あ〜〜ん…。失敗しちゃったわ〜」
メノリ「ハワード!それは妨害だろう!」

キッとした眼で、メノリはハワードを見据えた。

ハワード「妨害?何を言うんだ、シャアラを応援しようと、ボクなりに心を込めて声をかけたつもりだったのに!」
シンゴ「応援ねえ…」
チャコ「悪質な応援やな」
シンゴ「かなりね」
ハワード「おい、キミたち、失礼だぞ!」

ボソボソ言う声に、ハワードはすぐに二人を振り返る。

チャコ「…何か企んでるな」
シンゴ「そうだね。言葉使いがいやに丁寧だもんね」

呆れたように言い合う二人に、ハワードはエヘンエヘンと大仰な咳払いをする。

メノリ「今のはやり直しにしよう。シャアラ、もう一度投げてくれ」

メノリのし切りに、シャアラは諦めた様子で首を横に振る。

シャアラ「メノリ、私じゃ何度投げても上手くできそうにないから、もういいわ」
メノリ「だが、それでは…」
ハワード「本人が棄権するって言うんだから、そうしてあげたらいいじゃないか」
メノリ「お前が言える筋合いではないだろう。まったく…」

ハワード「ようし、次はシンゴだ」
シンゴ「えっ、ボクの番?」
チャコ「よっしゃ〜、シンゴ、男を見せれよ〜」
ルナ「シンゴ、ファイト!」
ベル「頑張れ〜」

にぎやかな声援に、シンゴはにこやかに手を振って、アダムから石を受け取ると、湖を前に見据えた。
立ち位置はバッチリ。

シンゴ「石を複数回跳ねさせるには、水面への降下の角度が重要。角度は20°もしくは10°」
チャコ「ほおお、理論から入るんやな」
ルナ「確かに角度があると次の石の跳ねに響くわね」
ハワード「ブツクサ言ってないで早く投げろよ」

シンゴは目の前の水面に、石が辿るべきラインを見出し、それを実行すべく石を放った。

シンゴ「てええーいっ!!」

ヒュッ。
石は投げられた。

チャコ「……」

ボジャン。
理論は間違ってはないのだが、シンゴにはそれを実行する能力は備わっていなかった。

シンゴ「あれ〜?何で跳ねないの??」
ルナ「えーと…。もうちょっと勢いがあった方がよかったかな?」
シンゴ「ええー…、んじゃ、もう一回」
ハワード「うーん、残念一回切りの挑戦だ。はーい、下がった下がった。次はチャコな」

しっしっしと小ばかにしたような笑みのハワードに、シンゴは実に不快に睨みつけると、唇を尖らして後退した。

チャコ「シンゴの仇はうちがとったるわ」
シンゴ「チャコ、頼んだよ」
チャコ「うっしゃあ、まかしときー!」
ハワード「それは頼もしいなあ」

チャコがアダムから石を受け取ってる間に、ハワードは足元の大きな石を靴先でさりげなく持ち上げる。
石の下の湿った土の中を、すばやく見やってほくそ笑んだ。

チャコ「よっしゃー、行くで〜」

ぶるんぶるん、短い腕を回転させて投げようとしてるチャコを見入っている女子群の前に、ハワードは摘み上げたものを放った。

メノリ「ん?」

不意に空を飛んで落ちてきたものを目が追う。

シャアラ「ひっ!!いやーーー!!」
メノリ「きゃーー!!」

ボジャ。
背後からのかなきり声に驚いたチャコは、投げるタイミングを失って、岸から2mほどで石は沈んでしまった。

チャコ「一体何やねん!」

振り返ると、シャアラとメノリが震え上がって抱き合っていた。

シャアラ「みっみっみ」
チャコ「みっみっ、って何やねん?ってミミズぅーーーー!!」

大嫌いなミミズがうねっているのを見つけてしまい、チャコも叫び声を上げ、傍に立つシンゴの足に巻きついた。

チャコ「うひい、うちミミズは苦手やねん…」
ベル「このミミズどこから来たの?」

ひょいと摘み上げるベルである。

メノリ「はっ、早く片付けてくれ」
シンゴ「駄目だよ。それで魚を釣ろう」
メノリ「そ、それで魚を釣ると言うのか?」
シンゴ「あれ?知らなかった?餌にいいんだけど」
メノリ「そ、それは本当か?」
ハワード「今更、何言ってんだよ」
メノリ「つ、つまりだ。餌のミミズを、魚は食べるわけだな」
ハワード「当たり前だろ」
メノリ「食べた魚を我々は食しているということか…?」
チャコ「そういうことやな」

ふら…とメノリが貧血を起こして、抱き合っていたシャアラが必死に支える。

シャアラ「メ、メノリしっかりして!」
メノリ「…あのピンクのウネウネを…我々は食していたというのか…」
ベル「だ、大丈夫だよ、メノリ。ちゃんと内蔵を取ってから調理してる」
シャアラ「そ、そうよ、メノリ」
メノリ「…そ、そうか、ならよかった…」

心的ダメージから開放されて、メノリは大きく息を継いだ。

ハワード「よかったところで、メノリの番な」
ルナ「ハワード!」
ハワード「ベルやカオルの後で投げるよかいいじゃないかー」

避難するようなルナの顔つきに、ハワードは楽しそうに言う。

メノリ「だ、大丈夫だ。石を投げるくらい何ともない」

まだ青い顔で気丈に告げて、メノリはアダムから石を受け取った。

アダム「メノリ、頑張って〜!」
メノリ「うむ…」

メノリは長い髪の毛をなびかせて、石を持つ腕を大きく構えた。
エアバスケで長いこと審判を務めただけあって、長い飛距離を見せて、湖に沈んだ。

メノリ「ど、動揺のあまり、ただ放ってしまった…」

萎れたメノリの様子に、ルナは無言で肩へと手を置いた。
シャアラも、メノリの手を両手で握り締め、無言でうんうんと頷いてみせるのであった。

ハワード「ようし、次はベルだ」
ベル「わかった」
シンゴ「ベルー、頑張って!」
チャコ「ビシッときめたれ〜!」
ルナ「ベル、ガッツ!」

ルナは笑顔で、いつもする片腕ガッツポーズで応援する。
その仕草の可愛さに、引き結んでいたベルの口が思わず弛む。
ここで一番の石投げを見せたら、マッサージが待っている。

『ベル、肩の筋肉モリモリね』

一瞬にして、ベルの頭をピンクの妄想ルナがめくるめく。
この時点で、二回石はねしたルナは末席ではないのだが。

ベル「でえええええーーーーい!!」

ベルは燃えた。
いつもは糸のように細い目を開眼させ、黒い目に炎をちらつかせて。
筋肉質の腕で、豪快に石を投げつけた。

ハワード「ま…まずい…」

スピードにのって石は湖面を跳ねる。
一回、二回。
ルナの記録を越えた時、思わず「おお…!」と感嘆の声が上がった。

ボゴッ

ところが、運悪く、水面を蹴るように跳ね上がった魚を石が直撃した。
水しぶきを上げて、湖面を荒々しく揺らした後、その大ぶりな魚がプカリと浮いた。

ベル「え……」
アダム「魚が…」
ルナ「うそ…」
シンゴ「何て力なんだ…」
チャコ「お、惜しかったなあ。ベル、アンタすごいで〜」
メノリ「す、凄いが、魚は気の毒だったな」
ハワード「ベル、勿体無いから、とってこいよ」
ベル「…後でとってくるよ…」

カオルがいる以上、もう一番はないという事実に、ベルは消沈して深いため息をついた。

ハワード「ようし、次はカオルだ!」
カオル「先でなくていいのか?」

不敵な表情に、ハワードは不安を覚えつつも、鼻で笑い返した。

ハワード「お前、これははじめてなんだろ?」
カオル「まあな」
ハワード「な、ならいい」

まるで不安に思っている自分の心情すら見透かしてるような目で見られて、ハワードはゆったりとイスから腰を上げて投げる場所へと歩いていくカオルを歯噛みして見つめた。
これは妨害しないとヤバい。
さすがに、ベルの時のような奇跡はないだろう。

アダム「カオル、頑張って」
カオル「ああ」

実にさりげなく、見守る皆の列に並ぶハワードだ。
ここまできて、抜けないような記録を出されてはたまらない。
今までの努力が無駄になってしまうのだ。

ルナ「カオルー、頑張って、ファイトよ!」
チャコ「前人未踏の大記録、となるかいな?」
シンゴ「チャコ、プレッシャーかけないでよ」

皆が見守る中、カオルはしなやかに投げるポーズに入った。

ハワード「がんばって、カオルくーん」

皆が固唾を飲んで黙る中、ハワードのピンクい声が上がり、投げる体制の中、カオルは横目でブリブリな乙女ポーズの姿が視界の端にとらえてしまい、肩を震わした。

「ああっ!!」

肩を震わしながらも、石は鋭い道筋で飛んでいった。
湖面に対して低く速く飛んでいく。

「一回、二回、三回、四回、五回、六回…」

水面を跳ねる回数を、驚嘆の声で数えていく。

シンゴ「すーごい、10回!すごいよ、カオル!」
ルナ「ほんとに!すごいわ、カオル!」

当のカオルは片膝をついてしゃごんでいて、片手で顔を覆っている。

チャコ「どうしたんや?カオル」
ルナ「どうしたの、カオル、怪我でもしたの?」

カオルは口をへの字に結んで、肩を震わせているばかりだ。

ハワード「どうしたの?カオル君」

目をパチパチさせながら、ブリブリとした笑顔を見せる。
衣装が女の子のものであれば、らしく見えたかもしれない。

シンゴ「気持ち悪い、何それハワード」
ハワード「カオルなら、女の子に応援される方がいいかな〜と思って。どうした?カオル、ウケたか?」

衝撃をようやっと越したカオルが、げんなりした顔でハワードを見上げる。

カオル「……」
ハワード「何か?」

諦めたように深いため息をついた。
言ったところでどうにもならない相手である。
一瞬だったとはいえ、ハワードのキラキラ乙女笑顔に大ダメージのカオルであった。
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