大人のサヴァ小説

□ハッピーエンディング −ウエディング編ー
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カオルがルナのいる地球のフランス基地を訪れ、二人が婚約をしてから半年が過ぎた。
フランク・エレーナ夫妻の助力と、政府の特別許可と、カオルやルナの父親のその地区でのかつての功績があり、火星ネイチャーセンターに造られたサヴァイヴ・フォレストでの挙式は異論なく決定した。
まして、ルナとカオルは奇蹟の生還者であり、このサヴァイヴ・フォレストの元となった無人島での主役たちだ。許可がおりないわけがない。
許可が下りないときは、人肌脱ぐぜと騒いでいたハワードの出番はなかった。
オープン一週間前のウエディングセレモニーと決まった。
そしてサヴァイヴ・フォレストでの第一号の挙式カップルということで、広告のモデルに。
二人に拒否権はなかったため、それを伝えられたカオルは暗い顔つきで俯いたが、広告モデルということで、かかる費用はタダということに、ルナは多いに喜んだ。
大概の話は通信で済ませることができるが、当日の式のために、移動の旅費に滞在費、出席してくれる人たちの費用も、若い二人が捻出しないといけないのだ。
『結婚するのも大変なのね…』とルナが預金のデータファイルを開いてはため息をつく姿を、チャコは何度も目撃していたため、こっそりフランクにモデル案を頼んだところ、宣伝費でまかなえることになり、チャコは内心ガッツポーズを繰り出した。
もちろん、チャコ発案なのは、二人には内緒である。
愛があればお金なんて…、とは言うものの、やはり先立つものがなくてはスタートを気持ちよくきれないものである。
小さな頃からお金に苦労しているルナに、なるべく不便はさせられない。
我ながらナイスアイデアと、チャコはしたり顔で微笑んだのは秘密。

思っていたよりも早い結婚式の日取りに、忙しいスケジュールをこなし、結婚式前日の夕方になって、ようやくカオルとルナ、そしてチャコの一行は現地に到着して、フランク・エレーナ夫妻と久々の再会を果たした。
フィールドパークで働いているエレーナに、三人の荷物を預けた。
チャコの荷物ははっきり言って、100%のジュースだけだが。
今夜から、このパークにある施設に宿泊して、明日の結婚式と、その後の日数を滞在する予定で来ていた。

チャコ「これ見てみい!」
ルナ「やだ、こんなところに飾ってる〜!」

以前カオルに見せてもらった腰ミノ姿のハワードの等身大パネルが、フィールドパークの正面玄関脇に置かれていた。
小さな画像で見るより、本人サイズであるため、更に笑いが堪えがたい。

チャコ「アイツ、もっと仕事選んだ方がええんちゃうか?」
フランク「ゴホン、そんなマズイ仕事だったかい?」

思わず呟いたら、背後からヌっとフランクが覗き込んできた。

ルナ「チャ、チャコ!」
チャコ「あ、いや、マズイというか〜、あれでも宇宙に名だたる俳優やから〜」
フランク「まあ、そうなんだよね〜。彼には破格で請け負ってもらって、ほんと助かってるんだよ」

季節ごとのCMも、その都度新しく取り直しているようで、随分気合が入っているのは、TV好きなチャコにはよくわかっていた。
その昔、無人島に降り立った時は、緑だらけで何も無いことに文句を言っていた少年の変わりように、いや成長と言うべきか、チャコはにんまり笑いパネルを見上げた。

フランク「他のメンバーは来るのはもっと遅いのかな?」
ルナ「えーと…、そろそろシャアラとメノリが到着する予定なんだけど…」

ロカA2に暮す二人は、同じ便でやってくるのである。

チャコ「ん〜、ただここでじいっと待っとるのも、何か勿体無いなあ〜。せっかくの休みは有効に使うべきやで。明日は忙しいんやからな」
ルナ「それはわかってるけど…」

ルナは傍らに静かに立っているカオルを見上げた。
ルナの目線に、カオルもコクリと頷いてみせる。
今回のイベントの主賓であるが、祝いに駆けつけてくれる仲間を待たずに遊ぶというのもありえない。

フランク「まだ待ち時間があるようだから、先に入って見学してきたら?君たちなら迷うこともないと思う。後に来た子たちは、私が案内するから」
チャコ「うちはここで待って、皆を出迎えるよって。アンタら二人で行ってき〜」

地球を経って、国際宇宙ステーションで合流してからずっと三人行動だったため、チャコは気を利かせて手を振った。
チャコの見え透いたサービスに甘えて、二人はフランクにパスワードを教えてもらい、ロビーを後にした。

フランク「あっ、入って開けたところにある大きな木で待っててくれよー!」

フランクの呼びかけに、手を繋いで歩き出していた二人は振り返り、カオルは目で頷き、ルナはにこやかに手を振りかえした。

チャコ「ぬふふ、は〜うちってめっちゃ気配りきくやろ〜」

腕を組み、自慢げに呟くチャコに、夫妻はぷっと笑いを漏らした。

チャコ「新婚さんのお邪魔虫にはならんように、うちかて気いつかってるんやで」
フランク「そうだね、お疲れ様」

そんなやりとりを聞くこともなく、、ルナとカオルは新しく増設された通路を歩いていく。

ルナ「ねっ、カオル、前から思ってたんだけど」
カオル「なんだ?」
ルナ「どうしてこの地区には自動舗道がないのかしら?」

火星の他の地区と比べれば、このD地区は小さな造りではあるが、狭いという感じではない。
けれど、ロカA2でも当たり前のように設置されている自動の舗道がまったくないのである。
この建物の中にももちろんついてはいない。

カオル「作業車が入るから、こうした通路も広く造ってあるそうだ。建物外の自動舗道はどうしてだろうな」
ルナ「ここで働く人は体力つくよね」
カオル「確かにな」

二人は、ところどころ天井に黒い窓が設置されている通路を歩いていく。
窓の向こうは宇宙空間となっていて、時間に関係なく星空を映している。
広く長い誰も行き交わない通路に、二人の足音だけが反響する。

ルナ「どこまで行くのかしら?ほんと広い…」

ルナのいるフランス基地も広く造ってあるが、基本少人数に対しての面積である。
もともとある大気を有効に使い、緑化を目的としたフランス基地とここでは規模と目的が違うのだ。
ところどころにある厳重に施錠された扉は、あくまでも作業用であり、酸素ボンベを要する世界が待ち受けている。
広いけれど、囲われた世界。
いくら歩いても続く長く広い通路は、無機的でうんざりしてくる。

ルナ「今日出てきたばかりなのに、大気が恋しくなってきちゃった」
カオル「そうか?」
ルナ「うん…。真っ暗な窓も、見慣れてるはずなのに、何だか青空が恋しい…」

毎日地上で日々を送っているルナの率直な物言いに、カオルは口元に笑みを浮かべた。
カオルにとっては、数日振りに会えた青い瞳に満足していたのだが。
当人は、心は地球に向かっているのがちょっと悔しい。

ルナ「あっ、やっと行き止まりになったわ」

大きな緑色のもこもこしたフィールドパークではよく表示されている看板に、『サヴァイヴ・フォレスト』と書き込まれ入り口が飾られていた。

カオル「ここが新しいブースの入り口か…」

作業用の大きな入り口はシャッターが閉じており、人の気配はなかった。
耳をすませても、物音ひとつしない。
その隣の看板の下の入り口に二人は立つと、カオルが脇にあるセキュリティにパスワードを入力する。

ガコン。ゴゴ…。

重たい扉が開き、案内に従って、二人は数歩中へと進む。
すぐに髪の毛が巻き上がるほどの風が起こった。
エアーを送り、体に付着しているダストを吹き飛ばすためだ。
ルナのフランス基地よりも入念な風量と時間をプログラムされているようで、涙目になった頃、前方の扉が開いた。

ルナ「あっ…!?」

眩しさに一瞬目がくらんだが、次第に目が慣れてきて、ルナは目の前に広がる空間に思わず目を見張った。
飛び込んできたのは緑だ。
うっそうと自由気ままに茂る緑。まるで森の中だ。
そして空を飛んでいく鳥の羽音に、楽しげに語らうように鳴く鳥の声に虫の音。
むっと押し寄せてきた熱帯の蒸す空気に、二人は唖然とした顔のまま向き合った。

「すごい…!」

思わず声が揃って、二人は笑い合った。

空は青く、そして高く、まるでコロニーのように広々として、思わず天井の継ぎ目を探すくらいに高かった。

カオル「すごい規模だ…ブースとは全く違う造りだ…」
ルナ「うん…ほんとに…。九年かけて、凄いものを造ったんだね…」

小さな獣道を辿っていくと、すぐ左手に湖が現れた。

ルナ「えーーーーっ!?フェアリーレイクだわっ!?」
カオル「らしいな」

沢山の水を湛え、日差しにキラキラと水面が煌めいている。
再現された湖への小さな道を、二人は驚きの表情のまま歩いていく。

ルナ「この小さな崖もよくできてる。昔ここのせりだした木の枝の実を取ろうとして、落っこちたのを思い出しちゃうわ」

ハワードに上手く言いくるめられて、細い枝をじりじりと身をずらしながら取ったのだ。
結果折れて湖に落ちたわけだが。
熱を出してしまい、皆に迷惑をかけたことなど懐かしい思い出だ。

カオル「怪我はしなかったのか?」
ルナ「怪我はしなかったけど、ずぶ濡れになっちゃって熱を出しちゃった」
カオル「ああ…あの時のか」

熱を出して寝ているルナの姿をカオルも思い出した。
あの頃すでに自分にとって、ルナは特別な存在だったように思うカオルだ。
目を瞑ると、あの頃の少女の姿をすぐに思い出せた。
明るい髪に、快活な青い瞳の少女。
勇敢で恐いもの知らずかと思えば、体を震わせながらも、弱い者の前に出て守ろうとする。
心開かぬ自分に対して、涙を流して怒ったこともあった。

カオル「…可愛かった」
ルナ「やだっ」

ボソリとカオルが呟いて、ルナは顔を赤らめた。
一体何を思い出していて言うのか。

カオル「その…今も可愛いと思ってるから」
ルナ「そんな…急にそんなこと言われても…やだ恥ずかしい…」

頭から湯気でも出そうなルナの恥ずかしがる様子に、カオルは目を細めて満足そうに見つめた。
かつての自分なら、間違っても口が裂けても言えないことだ。
ルナ以外には、誰にも言わないから、誰も居ない二人だけの時に、ちょっと位恥を忍んで言うのは容易い。

ルナ「ぅあっ!見てカオル!大いなる木があるわっ!」

ルナが赤い頬のままに、見えてきた木を指差した。

カオル「さすがにオリジナルの木よりは小さいが…」

それでも二階建ての家の高さほどに育って、拓けた岸辺に大きく構えていた。
家を構えるには、幹がまだ小さいだろう。

ルナ「これ、成長促進剤を使ったのかな?」
カオル「さあ…サヴァイヴの木だから、どうだろうな」
ルナ「そうね」

サヴァイヴから採取してきた植物は、成長が早い。
畑に植えていたイモの収穫が早かったように、こうして植えられた植物も同様なのだろう。

ルナ「こうして見てると、森の向こうからパグゥがやってきそう…。それにアダムも…」
カオル「そうだな」

よく木に登ってパグゥのために葉っぱを取っていたアダムの姿も思い浮かんで、懐かしさにルナは目を細めた。
思い出すのは小さな子供のアダムだ。
あれから数年が経ち、アダムも立派な大人になったことだろう。

ルナ「元気にしてるかな…」

よく握っていた小さなアダムの手を思い出し、感傷に胸が切なくなった。
そっとルナの肩を抱いて、カオルもまた、小さな仲間の一人を想った。

九年前、サヴァイヴに再訪して以来、交流は絶たれたままとなっている。
ルナを守るため、仲間たちで帰路に宇宙船を壊したのだ。
宇宙嵐を乗り越え、往来可能な異星人の宇宙船は、いつかルナに危険を運んでしまう。
そう考えて。
未知なる文明を持つ異星人とコンタクトできるということ。
両親を亡くし、身寄りのないルナの経歴は、いくらでも塗り替えることが可能だ。
存在そのものを消すことも、容易い。
アダムと会えなくなるのは哀しいことだが、ナノマシンを持つルナたち三人が宇宙連邦に利用される恐れの方を案じたのだ。
サヴァイヴの青い地球と同じ環境を残す惑星は、宇宙連邦、この人類にとっては魅力がありすぎる。
武力で奪うという、そんな未来は決してあってはならない。
そうして、残されたのは無人島の映像データと採取した植物、それから壊れた宇宙船。
航行データを元に、惑星サヴァイヴへのワープ航路を求め、長い時間をかけて、今も銀河系を離れ、はるか彼方を旅する船がある。
乗っている船員には悪いと思うが、たどり着けないことを切に願ってしまうカオルだ。
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