大人のサヴァ小説

□ハッピーエンディング −プロポーズ編ー
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ルナとチャコはエアポートの到着口で、
待ち人が出てくるのを待ち構えていた。

ここは地球のかつてフランスという国であったところである。
その名残を残した街並みが、地殻変動によって大きく地盤が隆起したところに造られたテラフォーミング基地から
眺められるのだ。
ルナとチャコはそこに配属されて惑星開拓技師として日々働いているのである。
ルナの夢は叶い、父と母の夢を繋いでいた。
あのサヴァイヴでの生活からすでに10年が経っていた。

かつてサヴァイヴがあの惑星を再生させたように、地球も再生プロジェクトが進んでいた。
テラフォーミング基地が地球の各地に造られていて、ようやく安定した気候が基地周辺に得られるようになり、
少しずつ研究員やルナたち惑星開拓技師が送り込まれるようになってきたのだ。
とはいえ、荒廃した地球より、他の未開発の惑星を開拓するのを支持する派閥があったりして、
足踏みしながらの開拓事業であった。

各テラフォーミング基地には長く伸びた通路の先にエアポートが併設されていて、
地球と月の中間にある宇宙ステーションと航路が結ばれていた。
人や物資を運ぶため、チャーター機や定期船が往復していた。

ルナとチャコはその定期船が来るのを待っているのだ。

チャコはじっと案内表示を見上げているルナの横顔を見上げてニコリと笑みを浮かべた。

チャコは昔と変わらぬ姿で、今もルナと行動を共にしている。
夢を叶えたルナを誇らしく思っていたし、一緒にいることでチャコは相変わらず深い幸せを感じていた。

後の気がかりはひとつだけ。

目線の先にいるルナはすっかり大人の女性となり、セミロングのオレンジ色の髪を背中に流していた。
大きな青い瞳は、待ち人を思うせいか、今日は一段と綺麗に輝いている。
ずっと小さいままかと思っていた胸も大きくなって、チャコの贔屓目を引いても、
見た目も中身も素敵な女性となっていた。

到着時刻が過ぎてもいまだ文字の表示されない掲示板に、ルナはイライラしてきたのか、
はたまた落ち着きを欠いてきたのか、しきりに組んだ手の指を動かす。

チャコ「ルナ、何やその癖。何か見てるとイライラしてくるで」
ルナ「うえっ?そ、そう?」

チャコに指摘されて、ルナは無意識に動かしていた手を見下ろして、ため息をひとつこぼした。

ルナ「…それにしても遅いねー…。もう時間過ぎてるのに…」

そしてまたルナは掲示板を見上げる。

チャコ「五か月ぶりやもんな〜、会うのは」
ルナ「うん。でも仕方ないよ、お互い離れたところで仕事してるんだし…」

お互いの夢が違うのだから、離れ離れになることはずっと覚悟していたことなのだ。
こうして待ち人が来るのを待つのは、ルナが地球に勤務しはじめて今回で二度目である。
掲示板から目を離さないルナから目線を外して、チャコは到着フロアを見渡した。
今日は何故か女性職員が多く、こそこそ耳打ちするように話をしては笑いあっている。
ルナとチャコがこの場にやってきたのを見て、もしかしたら誰かが連絡したのかも…とチャコは思うのだ。

ルナが待っている人物を見るために。

あれから10年が経ったが、今だ奇跡の生還を遂げた修学旅行生は皆の記憶に残っていることが多かった。
メンバーのうちの一人であるハワードが俳優となって活躍しているせいで、時々TVで特集を組まれるからだ。
今更、顔をふせるのも何なので、そのまま当時の映像が流れてしまっているのである。

そんな到着フロアの様子に気づかないルナが、不意にチャコを見やった。

ルナ「チャコ、私、変な顔してないよね?」
チャコ「はあ?何言うとんねん。きっとルナ見て満足そうな顔するから安心し〜」

チャコに言われて、ルナは小さく微笑むと、また前の到着口へと目線を戻した。

ポーン。

定期船の到着アナウンスがフロアに流れて、しばらくするとその扉が開き、ゾロゾロと乗客が出てきて、
ルナとチャコは少し脇へと避けて、待ち人を待った。
ようやく待ち人の姿を見つけて、ルナはとびきりの笑顔で手を振る。

ルナ「カオルーーっ!」

乗客の中でも背の高い黒髪の青年もまた、ルナの姿に気づき、涼しい目元を細め、
優しい笑顔を浮かべてルナのもとへとやってきた。

カオル「久しぶりだな」

あの頃と違い、カオルの長い髪は短くなっていた。
と言っても、前髪は相変わらず目を覆うほどに長い。
今日は珍しく背広を着ていた。
紺色のジャケットスーツにブルーのカッターシャツにネクタイを締めていた。
前回訪問時に来ていたパイロットの制服も似合っていたが、背広姿もなかなかである。

カオルは頭ひとつ分高いところからルナの瞳を覗いた。
青いルナの瞳に満足そうに微笑む。

ルナ「おかえり、カオル。よく来てくれたね」
カオル「ただいま、ルナ。 長いこと来れなくて参ったよ」

ルナが地球に勤務をはじめて一年半が経つ。
カオルはこれで二度目の訪問であった。
会うときは何故か『おかえり』『ただいま』が合言葉になっていた。

チャコ「カオル〜、元気そうやな〜。そのハンサムぶりやと、女のコにもてもてやろ?」

ニヤニヤしながらのチャコに一言に、カオルは眉をよせ、けげんそうに目線を送る。

カオル「そうでもないさ。あの有名人に比べればな」
チャコ「そこそこもてとるんか〜。その格好、えらい男前やんか」
カオル「これか?」
ルナ「うん。とっても似合ってる」
チャコ「今日は制服どうしたんや?」
カオル「ん?ああ…、今日は一般客なんでな。たまにはこういうのもいいだろ?」
ルナ「うん、目の保養になったわ。じゃ、行きましょうか」
チャコ「そやな」

ルナはカオルの手をとると出口へと誘う。
会ってほんの少しの時間であったが、カオルを見る女性職員の目線の熱さにさすがに鈍いルナでも気がついた。
ルナを見つめるカオルはやさしさ満点の瞳で華やかであったから、その場にいる人の目を集めていた。
どのエアポートでも注目されているんだろう…とチャコは、カオルを見上げつつ思った。
サラサラな黒い髪はエキゾチックな雰囲気をかもし出していて、モデルとしても充分に通用しそうなのだ。
欠点といえば、特定の人にしかこの笑顔は出ないことであろう。

チャコ(…ま〜…もとは無愛想な奴だからな〜…)

この10年、彼に浮気話は一切なかった。
サヴァイヴメンバーとネイチャーセンターの人たち、そして彼の家族、
それ以外の人の話はめったに彼の口からは出てこなかった。
言い寄られることも多いだろうに。
どう見てもカオルはルナだけを愛し、ルナの唯一の家族であるチャコも大事にしてくれていた。

チャコ(…しっかし、変なんや〜…)

だからこそ、この五か月は妙であった。
もともとそれほど頻回ではなかったが、この五か月の間、メールは数回だけであった。
しかも部屋からではなく、仕事の合間に短いメールを送ってよこしていたのだ。
突然一週間前に、今日この定期船に乗ると連絡してきたのだ。
ルナは、突然の訪問に、カオルが滞在中の休みを申請し、不在になる分の仕事をこなした。

人も少なく、遊びの出来ないこの基地では、来訪者を歓迎してずいぶん大目に見てくれる慣習があった。
ルナの両親のように単身で働く人のもとに時折家族が訪れて、一家団欒を過ごすことも多々あった。
つい先日も、上司の家族がやってきて、楽しげに過ごしていったのだ。
ルナはその様子に目を細め、昔の自分を思い出し、嬉しいような悲しいような表情をしていたのをチャコは見ていた。

仲良く目の前を行く二人の幸せそうな笑顔を見て、
チャコは『今日こそ、いや今日駄目でも明日は必ず』と心に誓った。
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