大人のサヴァ小説

□ロスト・メモリー
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「…くっ…!」

ハッとカオルは目を覚まし、呆然と灰色の天井を見つめ、体を起こした。
そして小さな窓に広がる宇宙を見つめて、深い溜め息をついた。

「…何だ、今の夢は…」

今まで見ていた夢を思い、口元を歪めた。
満足気な顔で立つ父の隣にいた人物の姿を思い出し、カオルは首をかしげる。

「…誰だったんだろう…?」

父よりも、フランクよりも背が低く、2人よりも体格のがっちりした人物…。
不意に夢に現れたその人物の姿は曖昧で、カオルはしばし考え込んだ。
ピピピピ。ベッドサイドに付いているアラームが鳴った。

「もう時間か」

カオルはベッドから降りると、身支度を始めた。

ここは宇宙ステーション。地球と月のほぼ中間にある施設だ。
身支度を終えて、カオルはボードに貼ってあるルナのフォトに目をやった。
今日のシフトはフランス地区のテラフォーミング基地への降下。
2日ぶりに彼女に会える。
思い出せない夢の人物のことは、もやもやと気にはなるが、心は仕事へと向かっていった。

シュウン。扉が開いた。

「おかえりっ、カオルっ!」
「おぉ、おつかれやったな〜」

食事の支度をしていたルナは手を止め、笑顔を向けた。
そしてTVを見ていたチャコもクルリとイスを回して振り返った。

「…ただいま」

結婚して数ヶ月。
今やここが帰る家であった。
暖かな雰囲気に自然と心が温まっていくようだ。
カオルは駆け寄ってきたルナを抱きしめると、その青い瞳を満足気に見入った。
荒涼とした暗い宇宙のようだった心に差し込んだ光が、今こうして手の中にあることが、
カオルにとってかけがえもなく幸せなことであった。

「えっへん」

キスをしようとした瞬間、わざとらしい咳払いが響き、カオルとルナは、近づけていた顔をパッと離した。

「えっへん、おっほん!なーんか、空気が乾いとるなぁ〜」

ニヤニヤした顔でチャコが2人を見上げていて・・・ルナは顔を赤らめると、

「じゃ、食事の用意するね」

そう言って、キッチンへとそそくさと戻っていった。
途端にチャコがゲラゲラと笑い出した。

「〜なんや〜、カオルっ、そのショボーンとした顔は〜」
「う、うるさいっ」

顔を歪め、不満そうにカオルはスーツケースを片手に、寝室へと着替えにいった。

「お誕生日、おめでとう!カオルっ」
「1日遅れやけど、おめでと〜さん!」

テーブルの上にはケーキが置かれ、2人の拍手にカオルは呆然と見つめた。

「どうしたの?・・まさか自分の誕生日、忘れていた訳じゃないでしょう?」
「その顔は忘れとったな〜、それか、祝ってくれるとは思ってへんかったっちゅうトコか?」

カオルはイスを引くと座り、苦笑いを浮かべた。

「まあな…。このケーキ…もしかして手作りか?」

少し傾いたケーキの上で、苺が落ちそうになっていた。

「そや!うちとルナのコラボで作ったんやでぇ〜」
「アハハ、ちょっと斜めになっちゃって…久々に作ったから、出来映えが悪くて…ごめんね、カオル」

バツ悪そうに小さくルナは笑い、肩をすくめた。

「甘さをひかえて作ったから、少し食べてみない?」
「うちのレシピの1/3の甘さやで。ルナがどうしてもって言うからギリギリのトコまで減らしたんやで〜」

2人の気持ちに、カオルは口元を上げ微笑んだ。
ルナとチャコは、嬉しげなカオルの様子に満足すると笑い合った。

「では、乾杯♪」

ワイングラスを掲げた。
もちろんチャコのグラスだけジュースである。

ルナお手製のディナーを食べ終え、いよいよケーキ…というところで、通信の呼び出し音が鳴った。

「なんや?あっ、うちが出るわ」

立ちかけたルナを制すと、チャコはストンとイスから降りて、通信も兼ねているパソコンデスクのイスに座った。

『ぃよう、諸君!元気でいるかぁ?』

画面に現れたのは、今や有名人となったハワードであった。
今日も相変わらず派手なピラピラした衣装をまとっていた。

「…なんや、ハワードかいな〜」
『なんだはないだろ〜?カオルいるだろ?』

ピキっとチャコの片眉が上がった。

「あら、ハワード、久しぶりねぇ」
「…何の用だ?」

チャコの後ろにルナとカオルが立ち、画面のハワードを見やって言った。

『ボクからの誕生日プレゼント、届いたろ?感想聞こうと思ったんだ』
「…何の話だ…?」

カオルはルナを見やった。

「え?何も届いてないよ?」

ルナはキョトンと目を広げ、片手を振った。

『えーっ!?おっかしいなぁ、昨日届くように送ったのにぃ〜』
『カオルっ、ボクからのプレゼントだから、絶対食べれよなっ!チャコ、証拠写真、送ってくれよ!』
「ん?…ようわからんけど、とりあえず了解!』
「〜っだから、何を送ったんだ、ハワード!」
『ボクんちの新商品。んじゃ、またな〜』

昔と変わらぬ笑顔で、にんまりと笑い、通信は切れた。
ガクリとカオルは頭を落とした。
相変わらずの一方通行な会話に、今では苦笑いしかでない。

「しっかしハワードもマメやな〜、アイツがあんなに友だち思いとは思わへんかったわ」

クルリとイスを回して、後ろにいる2人を見上げ、チャコは笑った。

「うん、よっぽどカオルが好きなんだわ」
「おぉぅ、それは言える!」

カオルはゲンナリとした顔で深い溜め息をついた。

シュウン。
玄関の自動扉が開いた。

「やぁ!カオル、帰ってたんだ」

ルナの上司、ハンが人懐こい笑顔で立っていた。
その手には荷物ケースが抱えられていた。

「丁度エアポートへ行ったら、キミ宛の荷物が着てたんで持って来たよ」
「ってことは、カオルが運んできたのね、ハワードの贈り物」

クスっとルナは笑い、カオルを仰いだ。

「なんや〜カオル、荷物くらいチェックしいや〜」
「それはオレの仕事じゃない」

カオルはチャコを見下ろし言うと、

「ハンさん、すみませんでした、わざわざ」

ハンのもとへと行き、その荷物を受け取った。

「何や?なんが入ってるんや〜?」

チャコも嬉々として駆けより、ケースの中身を楽しみに見上げた。
ハンはテーブルの上のケーキやワインに目を留めた。

「…今日は誰かの誕生日?」
「ええ、本当は昨日だったんですけど、カオルの25歳のバースディパーティーを家族で祝ってました」
「それで今日は早めに仕事を上がったんだ」

ハンはフーンとニヤつくと顎ひげを撫でながらルナを見やった。

「…愛情いっぱいの手料理でお祝いとは…」
「えあっ…!」

カーッと頬を火照らして、恥ずかしそうにしているルナに、カオルは目を細め頭を掻いた。

「早よ開けてぇな〜、カオルぅ!」

この幸せなひと時を、野太いチャコの声でブチ破られ、
カオルは苦々しくチャコを見下ろし、やや乱暴にケースを床に置き開いた。

「これは…!」
「あぁっ、プリンねっ!」

カオルの横に並んでルナも屈み、ケースの中を見つめた。
入っていた手紙をチャコが広げる。

「ん〜…何々〜…ハワード財団で、新たに生菓子製造を始めた。
 試作第1号をプリンの大好きなカオルにプレゼントしよう。きっと今まで食べたプリンよりもうまいはずだ。
 以上、ハワードより」

カオルはゲンナリとうなだれた。

(…いつオレがプリンを好きだと言った…!)

この勘違いぶりは、どこかの誰かを彷彿とさせる。

「へ〜え…やっぱり親子って味覚が似るんだな〜…」

上から降ってきた声に、カオルはハンを仰いだ。

「は…?」
「ジェイもプリンが好物でね〜、ネイチャーセンターに行くときは土産に必ず持って来いっていってたよ、
 懐かしいなぁ」

思い出に感慨深くうなずきながら語るハンに、好きでないといえなくなってしまうのであった。
困り果てた顔つきのカオルに気づき、ルナは打開策を練った。

「あっ、ハン上司!沢山あるから持っていきませんか?今日はケーキもあるし、そんなに食べられないですから」
「ねっ、カオルっ!ミシェルやアイリーンにも分けていいかな?」

ルナのアイデアに、カオルもすぐ気づいて目配せあった。

「っああ、ハワードの気持ちだけもらっておいて、オレの分も分けてやってくれ」

忌まわしい思い出のまとわりつくプリンをさっさと片付けようとケースの中に手を伸ばした。

「一個は食わなきゃあかーん!!」

ビシリとチャコの声が響き、ピタッとカオルは手を止めた。

「せっかくのハワードの贈り物や、一つくらい、いやせめて一口は食べんとあかんやろ。ハワードが気の毒や」

チャコは腕組し、うんうんと自分の語りに満足そうにうなづくのであった。

「…どうする、カオル?」

カオルは目の前のケースの中に並ぶプリンの淡い黄色をじっと見つめた。

あんな憎しみが湧くような特訓をされなせれば、こうもプリンを見ても特別嫌な思いはしないのだ。
アレさえなければ…。
この黄色いやわらかな食べ物を、幸せそうに食べる父の姿を見るのは微笑ましかったことだろう。
だが、いつまでも嫌な思い出として抱えていても大人気ない。
…もう十数年も前の話なのだから。

「…わかった。ひとつ食べてみる」
「よう言った!」

チャコの目がキラーンと光った。

(頼まれたからには、ナイスフォトの一枚くらい撮らんとな)

少し双方の思惑はズレていたのであった…。
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