サヴァ小説2

□船上パーティー
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ルナ「どうして私なんだろう…。私…どうなっちゃうんだろう…」

ルナは今日もベッドに臥したままで、悶々とナノマシンのことばかりを考え悩み続けていた。
すっかり元気を失くしたルナを、チャコはひっそりと見上げて心痛めていた。
チャコにとって、何より大事なルナなのだ。
とはいえ、何もできないもどかしさを感じるばかりで。

今日も空は晴れ渡り、航行するオリオン号の横を、イルカが数頭並んで泳いでいる。
まるで競争を挑んでいるみたいに、滑るように行くオリオン号の横を、イルカは波を縫うように泳いでいく。

操縦桿を握るカオルの隣の席にはシャアラが座り、二人の間から、アダムが興味深い顔つきでコクピット窓向こうを見つめていた。
そこに足音が聞こえてくる。

チャコ「はあ〜あ…」

操縦室の窓の傍にある竹で繋いだイスに、チャコがゴロリと座り込んでため息をついた。

シャアラ「チャコ、ルナどうだった?」
チャコ「相変わらずや。ボンヤリしてるわ」
シャアラ「そう…」
チャコ「あれからもう三日やで〜。なんやかんや言うて、やっぱり不安なんやな〜」

何もできないまま日ばかりが過ぎていく。
チャコの話に、アダムは顔を曇らせて俯いた。

シャアラ「大丈夫よ、アダム」
アダム「え?」
シャアラ「ルナなら大丈夫。ナノマシンなんかに負けるもんですか」
アダム「うん…」

そう言われても、アダムは気持ちを入れ替えれずに、くすんだ顔のまま俯いた。

チャコ「なんかこう〜…、パーっとルナが元気になるようなことあらへんかなあ」
シャアラ「そうね…、何か気分転換になることか〜…」

これがコロニーなら、散歩したり、TVゲームをしたり、気を紛らせるものはいくらでもあるのだが、ここは船の上なのだ。

シャアラ「どうしたらいいかしら…。ここには本もTVもないし…」
チャコ「そやなあ…。見て楽しいって言えば、ハワードのひとり漫才というか芝居やもんな」
シャアラ「もう、チャコったら…。芝居ね…そう言えば、この前ハワードったら…」
チャコ「ん?アイツなんぞやらかしたんか?」

シャアラは浮かんできたアイディアに黙り込んだ。

チャコ「シャアラ?」
シャアラ「チャコ、いい考えが浮かんだわ!」

サブの席から身を乗り出してチャコを振り返ったシャアラは、生き生きと目を輝かしていて、カオルは横目を見開き、アダムはシャアラとチャコを交互に見つめた。

そして、カオルとルナを除く面々が、デッキの上に集められた。

メノリ「パーティーを開く?」
チャコ「ちょっとでも、ルナを元気づけてやりたいんや」
シャアラ「私たちの前では明るく振舞ってたけど、やっぱり不安なのよ!」
ハワード「そりゃ、そうだろうな〜。何たって、自分の体にわけのわかんないもんが入ってるんだもんな

日差しを避けるように、デッキのヘリに座り込んでハワードは皆の顔を見上げた。

シャアラ「今日もルナの当番は夜だし、ずっと寝室に籠もっていると思うの。だからその間に私達だけで準備して、私たちでルナを驚かすの」
シンゴ「パーティーか…。うん!面白そうだね」
ベル「やろう!オレは賛成だ」
ハワード「それでルナが元気になるなら、別にボクもかまわないぜ」

ハワードは立ち上がりながら賛同する。

シャアラ「メノリは?」
メノリ「いいんじゃないか?考えてみれば、ルナにはいつも元気づけられていたからな」
シャアラ「ええ」

皆の賛成の声に、シャアラは嬉しくなって頷く。

チャコ「よっしゃあ、決まりやな」
ハワード「ぃよ〜し、そうと決まれば、ボクがメインディッシュにとびきりでかい魚を釣ってやる!」

ハワードは腕まくりしてヤル気をみなぎらせた。
航海初の釣りである。

チャコ「ほんなら、魚はハワードにまかせて、うちらはパーティーの会場作りや」

「おう!」

はりきった一同は、すぐ準備にかかった。
ベルとシンゴは、荷物を入れていた手ごろな大きさのケースや大きな板を外してきて、それをテーブルに仕上げた。

チャコ「ふわふわ〜とな、そう!」

チャコの指示に従って、その天板の上にシンゴとベルが広げた白い布をかけた。
白い布をかけることによって、いつもとは違う食卓に変わるのである。
そもそも、航海をはじめてからは、皆床に座り込んでばかりだったので、久々のテーブルでの食事スタイルであった。
台所では、油分の多い植物の実を、メノリとシャアラ、アダムとで切り分けていた。
それをロープに吊るして、ランプの灯るパーティー会場にするのだ。
暮れた空に、沢山のランプ。
温かい色に照らされて、きっと幻想的な美しさとなるだろう。
大量に用意してきたその実を、せっせと三人は処理していく。

着々と用意されていく中、ハワードは後部デッキでげんなりした顔で竿を見つめた。

ハワード「はあ…とはいうものの、ちっとも釣れないや…」

釣りをはじめてすでに2時間は経つ。
こんなに釣れないものとは考えなかったハワードだ。

チャコ「ええで、ええでー!そんな感じや」

長いロープに下げたランプを、慎重に帆柱に張る。
まるでお祭り会場のように、デッキの上をランプがひしめき合うように下がった。
ベルに肩車してもらい、シンゴがよじれたランプを直す。

メノリ「これで会場の準備はOKだな」
シャアラ「ええ!」

華やかに仕上がったデッキの会場に、シャアラは感嘆の声をあげ微笑んだ。
これを見るルナの反応を想像して、皆わくわくする気持ちになった。

「やったやったー!」

拍手で会場の完成を喜び合った。
会場が仕上がり、次は食事の用意。

チャコ「こっちはOKやでー」

チャコは後部デッキに駆け寄ると、下のデッキで魚を釣るハワードに声をかけた。
やることは沢山あるのだ。

チャコ「そっちはどうやー!」

掛けられた声に、ハワードはむっとした顔で見上げた。

ハワード「全然駄目だ。いくらボクの腕がよくても、魚がいないんじゃ釣れないよ」
チャコ「ぃやっぱりハワードにまかせたんわ、失敗やったか〜…」

ピクリとも動かなかった釣り糸が、突然動きを見せた。

ハワード「おっ、来たか!?こりゃ大物だぜ!」

リールをグルグルとハワードは回して引き寄せをはじめた。

チャコ「何やっとんねん!しっかり引かんかい!」
ハワード「言われなくっても、わかってら!そうりゃっ!」

ハワード「へぇ?」

激しいかかりの割りに、引き上げた先にぶら下がっているのは、小さな可愛らしい熱帯の魚だった。

チャコ「ぶふっ、あははははー、何が大物やw」

ちんまりした魚をチャコも目にして、デッキのヘリを叩いて、チャコが大笑いする。

チャコ「こんなちっこい魚、見たことないわ〜w」

ゲラゲラと笑うチャコを、ハワードが憎らしげに見上げたその時だ。
大きな波しぶきが上がり、チャコもハワードも目を剥いた。
ハワードが釣り上げた小さな魚を喰らおうと、巨大な魚が海から出現したのである。

ハワード「うぎょおおお」

小さな魚が餌代わりになって、巨大魚は海にドボンと音立てて潜っていった。
猛烈な力で引かれて、ハワードは必死に釣竿をを持っていかれないよう踏ん張る。
リールは周り、すごい勢いで、釣り糸代わりのワイヤーが伸びていく。
異変にデッキにいた皆が集まってチャコと並び、下を覗きこんだ。

ベル「一体どうしたんだっ!」

チャコ「ハワードがっ!アホっ、はなせっはなさんかいっ!引きずりこまれるでっ!」
ハワード「うるさいっ!こんなでかい魚っ諦められるかっ」

水面を上下して逃げようとする馬鹿でかい魚の力に、ハワードが叶うはずもなく。

ハワード「うあっ」

あっさりとハワードの体は浮いた
ハワードのピンチに、ベルはデッキから下の後部デッキに飛び降り、ハワードを掴もうとするが間に合わず、ハワードは海に引きずりこまれてしまった。

ベル「ハワードっ!!」
ベル「くそおっ!」

何も掴めなかった悔しさに、ベルはデッキのヘリを打ち据える。
よりによって、ルナを落とした因縁の場所である。

シャアラ「ハワード!」

メノリは急ぎデッキ帆柱の通信機へと駆け寄った。

メノリ『カオルっ、カオルっ!すぐに船を止めろ!緊急事態だ!』

メノリの一報に、何が起こったのかわからないまま、カオルはすぐに船を止め、反重力装置を停止した。
船はゆっくりと海面に白い波を上げて船底が海に沈む。

その船の周りを、尾びれを出して巨大魚が旋回していく。

ハワード「ぶっは」

途中で釣り竿を放棄したハワードは海面に顔を出した。

チャコ「あっハワードや」
シャアラ「よかった〜」

姿が見えたことに、皆も気づいてホッとした表情に。
通信を終えて、メノリがすぐに戻ってくる。

メノリ「ハワードは?」
シンゴ「ほら、あそこ!」

シンゴはメノリに波間に浮かぶハワードを指差し教える。

シャアラ「はあっ!?いけないっ!」

青い水面の下に、巨大な影が流れていくことにシャアラは気がついた。
怯えた声を放ったシャアラが見る先を、皆も追う。

「ハワード!逃げてー!」

皆が手を振り、ハワードに危険を知らせる。
停船したとはいえ、ずっと高い場所にいる皆には、その影がハワードを目指しているのがわかるのだ。

ハワード「はあ?何だぁ?」

「はっ」

何が起きようとしてるのか、ハワードはすぐにわかった。
白い波しぶきを上げながら、猛スピードで巨大な背びれが自分へ向かってきている。

「うぎゃあああああ!!」

ハワードは悲鳴を上げると、一目散に泳ぎ始めた。
だが、あっと言う間に巨大魚はハワードに追いつく。
まるで映画の人食い鮫さながらに、背後から大きく口を開けてハワードに迫っていく。

「うぎゃああああ、パパぁあああ!!」

「うわああ!!」

まさに食われるその瞬間、デッキからうかがっていた皆も悲鳴を上げた。
大波が起こり、ハワードは水中に流れて沈んだ。
手を足を、必死にもがきながらも動かして、ハワードは海中を泳ぐ。
こんなところで死んでたまるか。
魚の餌になどなってたまるか。

「おごっ」

いなくなったか?と思って背後を確認すると、巨大魚は大きく迂回しながら、再度ハワードを背後から狙い定めて追って来るのが見えた。
これ以上の馬鹿力はないとばかりに、ハワードは泳ぐ。

シンゴ「どうしちゃったんだよ、ハワードは?」
シャアラ「大丈夫よ…きっと…」

ハワードの姿が見えなくなり、波に上下するデッキから心配して見下ろすばかりだ。

メノリ「きたぞ」

明るい色の海に、黒い大きな影が船に向かって上がってくる。
ザバッ
灰色の巨大魚の背びれに、なぜかハワードがしがみついている。

「ハワードっ!?」
ハワード「もうどうなってんだよおおおお」

海面に飛び上がった巨大魚から、振り落とされないようハワードは叫びながらも手に力を籠める。
もう駄目かと思われた瞬間。
槍が飛んできて、巨大魚の頭に深々と勢いのせて突き刺さった。
ハワードごと、魚は白い波しぶきを高々と上げて沈んだ。

メノリ「カオル…」

いつの間にやってきたのか、デッキのヘリにカオルが立ち乗っていた。
海面に一度沈んだ魚が浮き上がり、その脇にハワードが顔を出した。
もう動かない魚を見つめ、青ざめた顔で大きく息を継いだ。

ハワード「ぶっぱ…。助かったぁ…」

悲鳴から一転喜びの歓声を受けるハワードであった。
カオルは黙ってその場を後にした。
後部デッキから寝室を通って戻ってきたベルににこやかな笑顔で見送られ、カオルは操縦室へと向かう。
ハッチから下へ降りている時、背後の扉が開いた。
ルナである。

ルナ「何かあったの?船が止まってるみたいだけど?」
カオル「いや、何でもない。今日は夜当番なんだろ?もう少し寝てろよ」
ルナ「うん…ありがとう」

顔色のすぐれないルナは、小さく頷くと、扉を閉めベッドへと戻っていった。
いつものルナであれば、何が起きているのか自分の目で確認しに行くのに。
気を回せる状態ではないのだ。
ルナを案じながら、カオルは操縦室へと入っていった。


ハワード「ひやー!ほんと死ぬかと思ったぜ〜」

ハワードは浮かんでいる巨大魚の上に胡坐をかきご満悦だ。
格闘の末の勝利が心地よすぎるハワードなのだ。

シャアラ「でも、これでメインディッシュは完璧ね」
チャコ「ほな、料理はシンゴとアダムにまかせて、うちらはあっちの練習でもするか」

シャアラとチャコは頷きあうと後部デッキから寝室を抜けて出て行った。

ハワード「あっちの練習?」

ハワードもわからないが、メノリとシンゴにもわからないことで、思わず何事かと二人は向き合った。
それから、ベルが主力となって、残りの皆で力を合わせて、巨大魚をデッキに引き上げた。

シンゴ「すごーい!こんな大きな魚を仕留めるなんて!」
アダム「うん。恐いくらい大きい…」

ハワードを飲み込もうとしていただけあって、口も何もかも大きくて、アダムはシンゴの後ろから恐々と見つめた。

ハワード「へっへ〜ん。どれもこれも、みーんなボクのお陰だ!感謝しろよ〜!」

濡れた髪をかきあげ、先ほどの情けない格好はなかったように、ハワードは澄ました顔で腕を組む。

メノリ「はしゃいでいるところを悪いが、仕留めたのはカオルだぞ」

食べられてしまうんじゃないかと心配した反動で、メノリはむすっとした顔でハワードを睨む。

ベル「ま、まあ、よかったじゃない、とにかく無事だったんだし。これで今夜のディナーのメイン料理はバッチリだ」
ハワード「これ以上の食材はないぜ!へへっ」
メノリ「しかしこの魚は大きすぎるな。どうやって調理したらいいのだ?」

普段さばいていた魚のサイズをはるかに越えていて、どこにナイフを入れたらいいのかすらわからないメノリである。

シンゴ「そ、そうだね…煮るにしても焼くにしても大きいもんね…」
アダム「…切っちゃうの?」
ハワード「あっ、頭は残しておけよ!メインなんだからドーンと飾るんだ」
シンゴ「えっ…それ、なんだか凄くない?」
ハワード「凄くていいじゃないか。パーティーだぞ!いつものしょぼい食事と違うんだぞ!」

盛り上がるハワードを脇に、さばくのは誰がやるんだと、メノリとシンゴが困った顔で向き合う。

ベル「解体はオレがやるから…」

ベルのそのひと言に、メノリとシンゴはホッとした顔で、ベルを見上げるのであった。

シンゴ「じゃあ、他の食材はボクとアダムでやってみるよ」
メノリ「私も手伝おう」

シャアラに比べて味付けなど料理のセンスはないメノリだが、切ったりただ塩で煮たりと簡単なことなら、この生活で自信はついていた。
このメンバー屈指のシェフシャアラが居ない今、頑張らねばならぬと思うメノリであった。
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