サヴァ小説2

□痛みすら幸せ
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ベルへのお題は『今ならしんでもいいよ・全てが蕩けていく・今は痛みすら幸せだ』です。
どの文句も、ベルの声で脳内再生できるから困る。

時系列は、東の森でオリオン号を作ってる辺りで。
お題のため、あまり深く考えずに書いてます;;




☆☆☆

「さあ!今日もがんばるぞ〜!」

にこやかな笑顔で自分を見上げたルナは、こぶしを作って小さくガッツポーズをした。
見慣れたいつもの仕草が、ルナらしくて、思わずこちらも眉尻が下がる気持ちになる。

「今日はどこへ行こうかな?ベルがはやく作業に戻れる近場なんてどう?」

けもの道を歩きながらルナが問う。

「ああ、今日はカオルが溶接に入ってるから、遠くまで出ても大丈夫だ」
「そう?」
「それに、この近くはかなり収穫してしまってるから、今後の備えのために調べておかないかい?」
「そうね。うん、そうしましょう」

オリオン号は着々としあがってきている。
カオルが溶接に入っている時は、船が揺れないように、シンゴたち以外は船に出入るのをやめているのだ。
今日は、ルナとベル、ハワードとシャアラ、メノリとアダムに別れて食料の調達に出たのである。
人の振り分けから見て、遠く出られそうなのは自分とルナだけだろう。
日々消費される食料以外に、航海中の食料の目星をつけておく時期にきていた。

「船はいつ完成できるのかしら?」
「そうだね。オレにはちょっとわからないけど、昨日動力室を上から覗いたら、かなり仕上がってるみたいだったよ」
「そっか〜。いよいよ、この島から出る日がやってくるのね」

ルナが期待に満ちた顔で呟くのを脇目に、ベルは厳しく指導されているシンゴを思い出していた。
あの三人の話は聞いてもよくわからないのだけど、ポルトに怒られながらも威勢のいい返事をしてがんばっているシンゴには頭が下がる。
メカニックとしての領分に手伝うことも出来ずにいる自分がふがいなく思うこともある。
自分でできることは、率先して手伝っているつもりだが。
物を運び、固定の杭を打ち込み、必要な家具や備えを作るばかりで。

「どうしたの?ベル」
「えっ?」
「何か考え事?」
「あ、いや、力仕事しか手伝えてないから、もっと出来ることはないかなと思って」
「ええっ!?ベルは充分にやってくれてるわ!」

驚いた顔で、ルナは立ち止まった。

「そ、そうかな?」
「ベルが頑張ってないのなら、私たちは遊んでいることになっちゃうわ」
「るっルナたちは遊んだりしてないよ!」
「でしょう?だからベルは充分やってるのだから、そんな風に思わないで」
「う、うん…」
「それに」

ルナはベルが石斧を持っていない手を掴むと手のひらを返して見つめてきた。
少しひんやりとしたルナの手が自分の手を掴んでいる。
その事実に、ベルの心拍は上がり、うろたえた声が思わず出そうになるのを堪えた。

「見て、ベル。こんなに豆を作って。仕事を頑張ってる証拠じゃないの」

石斧を振るったり、倒した木を運んだりで常に手は豆だらけで。
そっと優しくいたわるように触れてくるルナの柔らかな指の感触に、ぞくぞくした気持ちが腰から上がってくる。
全てが蕩けていく心地に、その衝動に、この身を任せてしまいたい。

「私のお父さんも、仕事によっては、ベルみたいな手をしてる時があったわ」

ぼそりと告げられた言葉に、ベルはハッと我に返った。
手のひらを見つめて、うつむいてるオレンジ色の髪の毛を見て、ベルは上がりかけた心拍をそっと息をつぎながら整える。
見下ろすルナの顔には、今はもう亡くなった父親を想って、懐かしむ色が現れている。
微笑んでいるのに、どこかさびしそうな顔つきに、抱きしめてしまいそうになる。
ルナを支えることができるなら、今しんでもいいくらいの気持ちで。
けれど、はやる気持ちを避けるように、ルナの手は滑るように離れていった。
離れないように掴む勇気は持ち合わせておらず、汗ばんでいる手をダラリと下げた。

「ル、ルナの父さんは惑星開拓技師だったんだよね」
「そう。違う仕事をしてる時もあったんだ〜。廃棄物処理センターで働いてた時に、チャコを見つけて連れてきてくれたのよ」
「廃棄物処理?チャコが?」
「あ、これはチャコには内緒ね」

つい口が滑ったとばかりに、ルナは困った顔で見上げてくる。

「そうだったんだ」

チャコのような多機能なロボットペットはかなり高価なものなのだ。
確かエアカーを買うようなもの。
自分の家にはないから、具体的にいくらするのかわからないけれど。
ペットの代わりに愛玩されている、犬や猫に似せている四足歩行のロボットペットとは、同じようでまったく違うらしい。
てっきり母親を亡くしたルナのためにと用意されたものかと思ってた。
不思議な縁に思う。
親を亡くしたルナと、捨てられてしまったチャコは、互いに必要な存在だったのだから。
会うべくして会えた。そんな風に思う。

「それからチャコとはずっと一緒」

ルナにとって、父親を亡くしてからチャコはたった一人の家族だ。
今でこそ、常夏のような茂みに戻っているが、ほんの少し前まで厳寒の雪で覆われた場所だった。
容赦なく吹きすさぶ雪の中で、チャコが寒さで動かなくなった時のルナといったら…。
チャコを呼ぶルナの声の悲しい響き…。
チャコの求めに応じて、懐から下ろさなければ、あんな風にならずにすんだかもしれない。
過ぎたことをいつまでも後悔してしまうのは、それが大事な人の一大事だからだ。
次はないように。
必ず彼女を守れる自分でありたい。

「ベル!さっ、はやく行きましょ!」

気づけば、ルナは数メートルも離れていて、いつまでも立ち止まる自分へと大きく腕を振って呼んでいた。
高くそびえる木々から漏れる木漏れ日が、まるでスポットライトのように彼女を照らしていた。
綺麗に輝くオレンジの髪を揺らしながら手を振るルナに、吸い寄せられるように、一歩を踏み出した。


☆☆☆


かくして数十分。茂る葉をナイフで切り落とし、道を作りながらたどり着いたところ。
西よりの森にさしかかったところで、ルナが歓声を上げた。

「見て!すっごーい実ってる!」
「ああ、いい塩梅に熟してるみたいだ」

高いところで、マンゴーのような形のくだものが重そうにたくさん下がっている。

「うん!あまーいいい香り〜」

胸いっぱいに匂いを吸い込んで、見上げてくるルナの瞳がいっそうキラキラして、胸が高鳴ってしまう。
ハツラツとした笑顔をじっと見つめ返すことが最近はとても辛くて、母ゆずりの糸目でよかったと思う瞬間だ。

「よおっし〜、さっそくとってくるわ」
「えっ?ルナ、ここはオレが」
「いいから、いいから。いつもベルに上らせてばかりだから、今日は私の番」

ルナは七分袖をさらにまくりあげて、実に楽しそうにオレンジかかった黄色のくだものが実る木を昇りだした。
ハラハラした心地で見上げる自分をよそに、ルナはしなやかな手足を上手く使って木を攻略していく。
ミニスカートが絶妙なラインで太ももを見せるが、それ以上中は見えない。
ルナが脚を高い位置にかけるたび、スカートの上がり下がりを凝視している自分に気づいて頭を振った。
こんな不埒な気持ちで見守るくらいなら、自分が登った方が気楽なのに。
そう気取られたくないため、いつも率先して上るのに、ルナはそれを悪いと思うのか自分で登ると言う。
駄目だ、気を抜くと、スカートから伸びる足に目が行ってしまう。
咳払いをしながら、ルナが登る木の他に、くだものの木がないか見回してみる。
長い航海に最適なナッツの木があれば尚助かる。
さすがに近くにそれらしい木はないか…。
などと遠く見渡していると、ガサリと大きな葉の揺れる音と一緒にルナの悲鳴が飛び込んできて、あせって振り返った。

「ルナっ!!」

ふだんから東の森の中を飛び交う大きな昆虫が、ルナが登っていた木の間から飛び立っていき、ルナが荷物の袋につかまってぶら下がっていた。
くだものが詰まった袋の紐が、枝にひっかかっていて、不安定にルナもろとも揺れていた。

「うぐ…」
「このままだと枝が折れる!ルナ、受け止めるから」
「でも、くだものが…」
「くだものは後で回収できるから!」

枝はルナと荷物の重量分、大きくしなっている。
手を離した反動で、くだものの入った袋がひっかかりから外れるのは予想できる。
ルナもせっかく見つけたくだものを台無しにしたくないのだろう。
だが、怪我をするくらいなら、また見つけるのに歩き回る方がマシだ。

「ルナっ!!」
「わ、わかったわ」

観念したようにルナが言い漏らして、ベルは両の手を広げ構えた。
運よく岩の少ないやわらかく草の茂っている地面が広がっている。
およそ三階の高さにぶらさがっているが、怪我をさせずに受け止めてみせる。

「離すわっえああああっ」
「えっ!?ルナっ!!」

離そうとしたタイミングに、枝が折れ、荷物にぶら下がったルナはガクンと後方に向けて落ち始めた。

「うあーーっ、ベルっ!」
「ルナっ!」

このままだと受け止めれず、ルナが落ちてしまう。
ベルはあわててルナを追った。

「ふあぁぁぁ」

ルナは高度を下げながら後方へと飛ばされていく。
まるでブランコのようだ。

「しっかり掴まって!」

このままいけば、上手く抱きとめることができるかも?
そう思うくらいルナは按配よく下に下りてきていた。
折れた枝が、皮一枚でつながっている。
あとはこの勢いを上手く止めることが出来たら。

「うわあああ」

後方へと大きく振られたルナが、今度は反動で前へと飛ばされてきた。

「ベルっ!危ない、そこよけてええ」

荷物に抱きついたルナが一気にベルの前へと向かってくる。

「はあっ!!」

風を受けて向かってくるルナのスカートがめくれている。
あの見えそうで見えない聖域が、この瞬間だけとばかりに、太ももの付け根までのラインをあらわにしている。
しなやかな張りのある滑らかな太ももが、日差しを浴びて神々しいばかりに輝いていて。
思わず喉を鳴らして、目を広げれるだけ開いて見た。

「よけてえええ」

ドゴッ

鈍い音と激しい痛みを胸に感じた。
聖域を垣間見た今は、この痛みすら幸せだと素直に思えた。
ルナの下敷きになって、青い瞳が自分を案じて心配そうに何度も自分の名前を呼ぶ。
我が人生に悔いなし。

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