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□暁の熱
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瞳を開けると、まだ室内は暗く、夜の気配を残していた。
窓に映る東の空が少しばかり白んでいるのを見て、夜明けが近いことを察する。
本来ならばまだ目を覚ます刻限では無かったが、何故か覚醒してしまった九条は気だるげに寝返りを打ち、その原因に突き当たった。









暁の熱









初夏を迎える五月の空気は、春のそれに比べれば暖かではあったが、朝と夜は未だ冷え込む時がある。
最近も、ずっと雨が続いていたため、朝晩は冷え込んでいた。
そして、昨晩も冷えない様に、毛布を一枚かけて寝ていたはずだったのだ。
隣で静かに寝息を立てる人物を見て、覚醒しきれて居ない頭をフル稼働し、九条は小さく溜息をついた。

目に入ったのは、最近漸く見慣れた恋人の寝顔。
想いが通じ合ってからまだ日が浅く、所謂未だ清い仲の恋人であった。
少年の名は千葉隆平。

その、隣で気持ち良さそうに眠っている隆平が、毛布を身体に巻きついてしまっていたのである。

目が覚めるわけだ。

毛布を取られて寒かったのだ。

九条はその形の良い眉を顰めると、早速毛布を剥がしにかかる。
まるでミノムシのように丸まった毛布を剥がそうとすると、気持ち良さそうに寝ていた隆平から僅かに漏れる呻き声。
それを聞いて、少し可哀相な気がしたが、安眠を妨害されたのはお互い様だ、と先ほどよりも力を込めて毛布を引っぺがす。

只でさえ恥ずかしがって、同じベットでも極力自分と距離を取るように眠る隆平に、九条は心寒い思いをさせられてきたのだ。
せめて、布団でもくれなければ、凍え死んでしまう、と九条は毛布を引っ張る。

だが反対に物凄い力で毛布を引っ張られて、九条は顔を歪めて、隆平を覗きこんだ。すると、こちらも眠りながらも顔を歪ませて、懸命に毛布を両手で掴み、九条に渡すまいとしているのが見て取れた。

「この野郎…」

ぽつり、と呟いて、九条は毛布を握った手を解かせようと、隆平の手に触れた。
それは暖かく、毛布の暖を独り占めしていた事を表しているようで、九条はますます顔を顰めた。
何としてでも毛布を取り返さなければ、と隆平の指の攻略に乗り出す。
だが、硬く握り締められた掌はびくともしなかった。

いい加減眠さと寒さでどうにかなりそうだった九条は、ふ、とその毛布を掴んだままの隆平の両手を視界に入れた。

それは暖をとり、非常に暖かいものだった。

少しの間、九条はぼんやりと眠い頭で考える。
眠さで思考が曖昧になっているが、そんなことはどうでも良かった。
毛布は隆平の手の中にある。


それならば、と九条は毛布の端から手を離すと、毛布を握り締めたままの隆平を包み込む様に抱きしめた。

自分よりも一回り小さい隆平はなんなく腕の中に収まった。
薄い毛布越しに、触れた所からじんわりと熱が伝わってきて、九条はその暖かさに安堵し、眠気がどっと押し寄せてきた。

お子様体温…

そうぼんやりと考えて、隆平の体温に機嫌を良くして、目を閉じる。
これでやっと安眠できる、と思った。
しかし

「うぅ〜…」

腕の中の隆平が、むずかるような声を出したので、起したか、と九条が眉を顰めると、隆平は腕の中でその拘束から逃れるように身体を捩った。

あぁ、離れてしまう、と九条が名残惜しそうに、その熱を惜しんでいると、体制を変えた隆平が、持っていた毛布を手から離した。
そして、あろうことか隆平は毛布から抜け出すと、自ら九条に抱きついてきたのである。


一瞬何が起きたのか分からずに九条は固まった。
頭のてっ辺からつま先まで、何かの暗示にかかったように、動かせなくなる。
一気に覚醒していくのが分かって、九条は柄にも無く慌ててしまった。

そんな九条を他所に、隆平は甘えるように九条の胸に自分の額をぐりぐりと擦り付けると、満足そうに、何かむにゃむにゃと呟き、再び寝息を立て始めた。

九条は硬直したまま密着する所から、暖かいというよりも、熱いと言ったほうが正しいような、隆平の体温に浮かされて、理性がひどく揺さぶられた。

それから、確かめるように、そっと、九条も隆平を抱え込む。
先程よりも距離が縮まって、熱が直に九条に届く。
合わさった身体から伝わる心音に、何故だか分からないが胸を鷲掴みにされた気分だった。

「…お前が抱きついてきたんだからな」

ぽそっと、言い訳のように呟いたが、当然返事は返ってこない。
そうして、隆平の黒い髪に自分の顔を埋める。
ふわり、と薫るシャンプーの香りと、隆平自身の柔らかな香りが麻薬のように身体を麻痺させてゆく。それが堪らなく心を揺さぶって、九条は隆平の身体を強く抱きしめた。

なんと甘い香りだろう、とぼんやりとした頭で考えながら、九条はゆっくりと目を瞑った。

あれほど欲しかった毛布は、二人の腰辺りに僅かにかかる程度だったが、九条には、もうそれほど必要の無いものになってしまっていた。

心地良い熱に包まれて、九条は再びまどろんだ。

もう寒くはなかった。



おしまい
→あとがき
 

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