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□君の涙とわがままと
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千葉隆平という少年は、何かに付けて、康高の神経を逆撫でする。

十のうち、七は失敗する様な間抜けな性格の上に、行動が遅く、頭が悪く、運動も、成績も、顔も人並みの千葉隆平は、なぜかことごとく、康高に付きまとう。

「やすたかぁ」と泣きながら縋り付いて、助けを呼ぶのだ。

その情けない声と泣き崩れた顔を見る度に、康高はつねに苛々とさせられていた。
そして苛々しながらも甲斐甲斐しく隆平の世話をするので、周りからはすっかり隆平のお守役として定着してしまったのである。

それは出会ってからずっとかわらない。

幼い頃からの付き合いということもあって、康高の一番近い友人は、千葉隆平であることはまちがい無かった。

遊ぶ時も、勉強するときも、なにをするにも一緒だった。

そして、昔と変わらぬ笑顔で、隆平はいつも嬉しそうに、自分の名を呼ぶのだ。

小さい頃に比べて、泣く回数は少なくなった。
だが、やはり、康高は心のどこかで、未だに隆平を好きになれずに居る。
ふとした隆平の仕草に、苛々としてしまうのだ。
心の奥底から湧き上がるような思いを飲み込んで、飲み込んで。


康高はそれを口には出さなかった。

言えば隆平が泣く。


隆平が泣くと、康高の苛々は増すばかりだった。我慢して、我慢して。
それが、いとも簡単に爆発してしまったのは、中学時代も黄昏のときだった。










君の涙とわがままと










「俺、推薦受けることにしたから」

そう言うと、目の前の二人の目が驚きで見開かれた。
中学三年の秋。受験に向けて本格的に取り組みが始まる頃だった。
自習用のプリントを三人で眺めながら、進路について、ぽつりぽつりと話題が上がり、自分に話しが振られたので、それとなく康高は言ったつもりだったが、目の前の双子の兄妹には衝撃的だったらしい。

「推薦て、あの」

「全寮の?」

「そう」

言葉少なに会話をすると、一瞬にして空気が重くなるような感覚に襲われた。

「じゃあ、卒業したら、しばらく会えなくなるね」

双子の妹、千葉紗希が困った様に笑った。それに短くあぁ、そうかもな、と康高は手短に答えると、また自習用のプリントに顔を戻す。
その時間は、三人とも一言もかわすこと無く終わった。




康高は成績優秀な生徒だった。



全国の模擬は当然のように一桁に入っていたし、定期テストも首位から外れた事は一度もない。そんな康高は、全国でも有名な進学校から多くお誘いを受けていたのだ。
その中でも特に有名だったのが、全寮制の「松下学園」。
エリート中のエリートが集まる一流の学校だった。
しかし、校則が厳しい事でも有名で、緊急時や、冠婚葬祭以外では外出の許可も出ない、非常に閉鎖的な高校だった。
また、家族以外に面会は許されておらず、友人や知り合い程度なら追い返されるのが当たり前だった。

そんな場所に、三年。

それは、三年間、康高には会えなくなる、という事を暗示していた。



「康高、いっしょに帰ろ」

放課後、隆平がいつもの通り康高の前に立つと、康高は無表情のまま、「悪いけど、一人で帰って」と軽く隆平を受け流し、そのまま隆平の横をすり抜けて行った。
その康高の態度に慌てた隆平はカバンをも持ったまま立ち去る康高を追った。

「なんか用事か?なら、終わるまで待ってるから」

後を追う隆平に、康高は無表情のまま「行くところがあるから」と、隆平の顔も見ないまま黄昏の校舎に消えていった。

「…やすたか?」



その日を境に、隆平はあからさまに康高から避けられるようになったのである。




「大丈夫?隆ちゃん」

机に寄りかかり項垂れる隆平に、困った様に笑いかけてきたのは紗希だった。
隆平はその妹の気遣いに力無く笑う。
康高から避けられる様になってから、一週間が経って、学校の名物コンビが不仲であるという噂は瞬く間に広がった。

隆平と康高は入学当初から、「天才比企康高」と「平凡千葉隆平」の凸凹コンビとして有名だったのだ。
その上康高が綺麗な顔立ちをしていたので余計に注目を集めた。
当初は幼い頃からの二人を知らない連中に不釣合いだとからかわれたりしたのだが、結局三年経って変わらない二人を見て、そんな声も自然と消えてしまっていた。

それなのに、突然康高が冷たくなった事で、隆平は理解に苦しんでいた。

「おれ、なんかへんな事したかなぁ」

弱弱しく息を吐く隆平を仲の良い友達が数人で囲み、口々に隆平を慰めるが、隆平は「あんがと」と笑うだけである。

そこへ、件の人物が静かに教室へ入って来て、辺りが騒然とする。
それは、やはり冷たい表情はしたままの、比企康高だった。
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