好死は悪活に如かず

□好死E
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井上カオルが帰省先から寮へ戻ったのは朝9時過ぎである。




様々とやらなければならない事があったし、確認したいこともあったため、かねてから決めていた実家での滞在期間を2日ばかり早めたことに、家族はひどく肩を落としていたようだったが、学校の用事ならば仕方がないと、渋々駅までカオルを送ってくれた。

かくして、早朝始発の在来線を乗り継ぎ、カオルは寮内にいるはずのルームメイトに今から戻るという旨を伝え、再び松下学院の門をくぐることとなったのである。


「んん?」

異変に気がついたのは寮の玄関まであと数メートルというところだった。
寮の玄関の入り口から中が少しだけ窺えるのだが、大食堂から通じる通路から玄関ホールに人影が現れたのが彼の目に入ったのだ。

「お、辰也?」

その人影というのが見馴れた同室者で、カオルは「おーい」と軽く手を振った。
しかし彼が気付く様子はない。

「…あいつ、なにやってんだ?」

カオルが首を傾げたのは、同室者である医学科の山縣辰也が、談話スペースの方をおもむろに向いた瞬間、なぜか固まったからだ。
不思議に思いながら、カオルが玄関へ入り、山縣へ声をかけようとした瞬間だった。

「おい、たつ…」

「このド鬼畜野郎どもぉおおおお!!!」

「やあああ!?」

くわっと顔色をかえて突撃して行った山縣を目の前に、狼狽したカオルが慌ててその先を追うと、そこには悠然と煙草を吸いながら日経新聞を広げている赤髪の男が。
相違ない。
確かにド鬼畜と名高い和田小五郎その人が、そこには居た。
だがそれだけではない。

「げ」

隣には、何故か獲物を傍においた久坂通武がもの凄く怖い顔をして、うつらうつらとしていた。
こちらは鬼畜かどうか定かではないが、今はそんなことを考えている場合ではない。
ほとんど接点は無いものの、彼らの戦闘能力は神と融合した時のピッコロさんと同じくらい、と聞いている。
そんな連中にいちゃもんを付けるどころか、殴りかかる勢いで向かっていった自称ミスターサタン並みの戦闘能力と豪語する山縣。
カオルは荷物を投げ捨て、山縣を背後から羽交い締めにした。

「辰也さんー!?辰也さぁあああん!?なにしてんのー!!」

「うお!!なんだカオル!!何してんだ!!」

「お前が何してんだ!!何、どうした」

「うるせえオレはこいつらのケツから内視鏡入れてヒィヒィ言わせねえと気が済まない!!」

「おい何言ってんだお前はー!!」

どこからともなくオペ用の薄いゴム手袋を取り出して暴れる山縣を押さえながら、カオルが懸命に後ろへ引きずる。

「離せカオル!!!!離さねぇと全裸に剥いて白衣を着せるぞ!!!」

「うわキモい!!気持ち悪い!!!どうしようもねぇなお前!!!どうもすんません、こいつちょっと今精神不安定で!!」

カオルが山縣の肩越しから謝罪したが、和田小五郎は全く関係が無いように、新聞を一ページめくり、通武に至っては怖い顔のまま、未だに夢の中を彷徨っているようだ。

山縣がなぜこのような暴挙に出たか。
思い当たるも何も、普段はどちらかといえば温厚な山縣が激昂する理由を、カオルは一つしか知らない。

(分かる、すごくよく分かる、分かるがしかし…)

彼が言って良いものか懸念したときには既に遅かりし。

「てめえらオレの伊藤をどこに隠しやがった!!!」

山縣の言葉に、カオルは「あー…」と思わず声をあげた。

そう。

彼が激怒する理由といえばこれしかない。

実のところ、この山縣の怒りは、カオルが寮へ戻って来た理由と深く関係している。

山縣は、一に俊輔、二に俊輔、三四も俊輔、五に俊輔、を掲げる安定の変態である。
その彼が伊藤俊輔断ちを余儀なくされてから早一週間。
山縣の伊藤不足は顕著であり、ずっと寮に残っていた彼のメールが、俊輔を心配するものから、架空の俊輔との妄想メールに変わり、架空の俊輔から告白されたという展開で、カオルは寮へ帰ることを決意した。

もちろん同室者の心配した、というのも理由のひとつではあるが、一番の理由は…。

「こいつらに文句言ってもしょうがねぇだろ!!ほら、いい子だから部屋に戻ろう、な!」

ガルルと、威嚇している山縣を引きずり、後ずさったカオルが、再び小五郎と通武に「悪ぃな」と謝罪をしようと視線を向けると…。

「いっ…」

今まで新聞を見ていた小五郎が、カオルと山縣の顔をジッと眺めていた。
同時に、先ほどまで寝ていたはずの通武が完全に覚醒をして同じく二人に視線を向けている。
嫌な予感がしたカオルが、思わず顔を引きつらせると、小五郎が新聞を机に置き、静かに口を開いた。

「ま、座れよ。」

はい、とカオルが素直に頷いたのは言うまでもなかった。
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