Penalty game

□PenaltyB
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屋上での一騒動があった翌日、

ざわめく教室の中、比企康高は自分の耳を疑った。



「お前、それマジで言っているのか。」



静かに問う康高に、鼻に小さなガーゼを施した千葉隆平は、こっくりと深く頷いたのだった。






事件の翌日。
隆平は校内で、ちょっとした有名人になっていた。
前日の昼休みに、九条の機嫌を損ねて半殺しにされた哀れな小羊として、生徒達に朝の話題を提供していたのである。
噂では肋骨を三本折られたとか、歯を全部折られたとか、手足の骨を折られて失神するまで殴られた、とか。
当然事の真相には程遠い、本人には不名誉な噂ばかりであった。
折られた事に変わりは無いのだが、肋骨や手足と言われると、鼻の上にこじんまりと乗ったガーゼだけでは些か都合が悪かった。


そんな好奇の目を向けられながら、登校する間、やはり精神を磨り減らした隆平は教室に入るなり倒れ、同情を買った優しいクラスメイト達に昨日より丁寧に机まで運んで貰った。
女子が異常に優しかったのも、昨日教室から連れ出されて、とうとう帰って来なかった隆平に対する最大限の労りと言えた。

そして鼻を付けない様に、顔を横にして机に凭れ掛かった隆平は、いつもの様に隣でノートパソコンを操っている幼馴染みを見た。

「おはよ、康高」

「…面白いツラだな。」

パソコン画面から目を離さず、口の端だけ持ち上げた康高を見て、隆平はふん、と忌々しげな顔をした。

「昨日、獰猛な虎に引っ掻かれたんだよ」

「そいつはまぁ難儀だったこと」

「全くだ、ほんとマジで。」

隆平は上体を起こすと真直ぐに康高へ身体を向けた。
康高はパソコンを操ったままだ。しかしそれに構わず隆平は真剣な顔をして康高を見据えて、口を開いた。





「だからおれ、九条大雅と別れないことにした。」









ブッと音がしたかと思うと、途端に康高のパソコンの画面が真っ暗になった。

「あ」

そのパソコン画面を見てひく、と口許を歪め青ざめた隆平は、ボソっとエラーだ、と呟いたが、康高は固まったまま身動き一つしない。
そのまま何やらパソコンから尋常では無い警戒音が教室中に鳴り響く。
怪しげな英数字の羅列が画面に表示されるのを眺めたまま、康高は壊れた人形のようにゆっくりと隆平の方を向いた。

「…別れない?」

「あの…康高さん、パソコンがなんかヤバい事になってますけど。」

パソコンは聞いた事も無い音を発している。
如何にも「緊急事態」という様な音だ。しかしパソコンには見向きもせずに、康高は隆平の目の前に立つと、黒いオーラを放出していた。
まさしくこちらも「緊急事態」である。
隆平が青ざめると、珍しく本気で怒った風の康高が地を這うような声で呟いた。

「お前、それマジで言って居るのか。」

静かに問う康高に、鼻に小さなガーゼを施した千葉隆平は、康高の顔を見て、こっくり、と深く頷いたのである。

「お前は、それで良いのか?」

うん、と隆平は再び頷く。
良いわけが無いだろう、と康高は、真面目な顔をした隆平を見据えた。
だが考えもなく無謀な事をするような男で無いことを康高は幼い時から知っている。

「…何か、考えがあるのか」

隆平は鼻に付けたガーゼを付けたまま神妙な顔で頷いた。

「こんだけ馬鹿にされたままで終われるかよ」

「だから、別れないのか」

うん、と隆平は頷く。

「おれのちっぽけなプライドを守るために、おれは断固として戦うぞ。」

真っ直ぐな目をした隆平を見て、なんだか康高は泣きそうになる。
なんであんな自分勝手な不良のために隆平がこんな目に遭わなくてはならないのか、と康高は理不尽な気持ちに駆られた。

「…くそ、アホだアホだと思っていたが、こうも手に負えない程のアホだと次から給料を貰わなければやってられん。」

「おい待てよ、何の話だそりゃあ!!!」

「病院は…予約しておいてやる。」

「折られること前提で話すな!!!!」

「好きにしろ。」

ぶすっとした顔をしてパソコンの警戒音を止めた康高を、目を丸くして見た隆平は嬉しそうに笑った。

「お前なら絶対そう言ってくれると思った‼」

隆平の顔をまともに見れず、康高はあぁ、と返事を返す。
止めたはずのパソコンの警戒音が、康高の耳に、やけに響いて聞こえた気がした。
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