Penalty game

□penaltyF
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康高が桜町駅前に着いたのは八時半を少し過ぎた所だった。
ノロノロと進む電車には乗っていられない、とタクシーを捕まえたまでは良かったが、現地の仲間が誰一人として連絡に応じない事に焦りを隠しきれずにいた。
そして桜町駅前についた康高は、駅前周辺を見回すと、駅前のベンチに座る二人の少女を確認する。


女がそこに居るということは、九条はまだ戻ってきていない。
それはまだ喧嘩が続行中である事を表している。

康高は早足でその場から赤レンガ方面へ踵を返そうとした。
が、その時だった。
それまで沈黙を守っていたケータイが鳴り出し、康高は慌てて通話のボタンを押す。
ケータイを耳に当てると聞きなれた声だった。

『や。結局来たんだ。』

受話器越しからのんびりとした口調で話かけられ、康高は眉間に皺を寄せた。

「梶原、今まで何をしていた、連絡しただろ」

『そう怒んないでよ、こっちだってアクシデントがあったんだからさ』

そのアクシデントというのは間違いなく九条の事だ。
梶原や他の連中には大江和仁と和田宗一郎しか厄介なのは居ないと伝えておいてあったので、さぞ混乱したに違いない。
九条大雅が和仁や和田とは比べ物にならない化け物だというのは、神代地区の不良なら知らない者は居ない。梶原が急遽集めたのは虎組に私怨を持つ南商の生徒も居たのだから、その混乱振りは容易に想像がついた。

『契約外だよ、九条は』

はぁ、とため息をつかれ、康高は素直に「それは俺のミスだ」と謝罪する。
だが今はそれどころではない。
わざわざ謝罪するために康高はここまで来たわけでは無いのだ。

「それより隆平はどうした、あれはそっちに行っただろ」

若干声を落として質問すると、電話越しの梶原は「ああ、そうだった」と今思い出したかのように呟いた。

『千葉隆平が来るのも契約外、だね。』

「梶原!」

求める答えが返って来ず、業を煮やした康高は思わず声を荒げた。
そんな珍しい一面を見せる康高に、梶原は喉の奥を震わす様に軽く笑った。

『ごめんって。千葉隆平は無事だよ。多分ね。』

「多分?」

『今は虎組に保護されている。俺達は撤退したよ。千葉君を置いて』

「…」

『良かったんだよね、それで』

そう問われた康高は苦々しく顔を歪めると短く「あぁ」と答えた。
本来ならば隆平を賭けに使っていた輩に隆平を保護させるなど言語道断だが、かと言って梶原達が隆平を保護しても隆平があらぬ疑いをかけられてしまうので、それより方法は無かった。

不本意ではあるが、大江和仁は、隆平の前では未だ猫を被り続け、隆平の信頼を買っている男だ。
隆平と直接対面しているのであれば、他のメンバーが隆平を傷付けようとしようとも、最終的には隆平を守るはずだ。

くそ、と康高は唇をかみ締めた。

悪の根源であり、影から動いて間接的に隆平を傷付ける和仁だからこそ、目の前の隆平には自分の信用のためにひたすら過保護に接する事が分かる。
そんな輩に不本意ながら隆平の無事を預けている自分に、康高は吐き気が込み上げるほどに嫌悪した。
隆平を守るつもりが、思わぬ展開で逆に危険な目に遭わせてしまった。
「九条」という存在が、計画を全て崩してしまった。

九条さえ来なければ今頃は大江、和田両名、並びに他の虎組メンバーは梶原が布いた人海戦術によって足止めを食らい、弱った所を捕獲出来たはずだったのに。
そして、隆平は何も知る事も無く、安穏に家へ帰る事が出来たのに。

そうして黙り込んでしまった康高に、梶原が訊ねてきた。

『ねぇ、もしかして千葉隆平を助けに行くわけじゃないよね?』

そう聞かれた康高は一瞬考えてから眉間に皺を寄せて、深いため息をついた。

「ここでそんな真似してみろ。今までの努力が水の泡だ。抗争が終わって、隆平が無事なら、俺は帰る。」

康高の声がいつもの冷静さを取り戻している事に安心したのか、梶原は電話越しに安堵のため息を漏らすと、勤めて明るい声を出す。

『うーん、よく分かってらっしゃる。それじゃあ俺らも帰るよ。計画は失敗しちゃったしね。』

「あぁ、悪かったな。折角のチャンスだったのに」

そう康高が言うと、梶原はいや、と軽く否定すると、意味ありげな言葉を零した。

『そうでも無いよ。本番前に顔見せ出来たから良い具合に意識してくれると思うし。それに今回は予定外の収穫があったからねー。』

「…収穫?」

康高が怪訝な顔をして聞き返すと、梶原は愉快そうに、軽い調子で呟いた。

『文化祭で使えそうなネタ。あれは良い見世物になるよ、きっと。』

そう独り言のように呟いた梶原は、康高の返事も聞かず、「おやすみ」と言うと電話を切ってしまった。切れた電話を眺めて、康高は少し顔を顰めた。

いやに上機嫌だった梶原の言葉を頭の中で反芻させながら、康高がその場に立ち尽くしていると、ふ、と耳に少女の甲高い声が聞こえて、康高は思わずそちらに目を向けた。
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