Penalty game

□penaltyH
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大江和仁は一人、屋上のフェンスに頬杖をついたまま校門を眺めていた。

単身で北工に乗り込んで来た怜奈を見て「勇ましいねぇ」と嬉しそうに零した和仁は、彼女の目的を知るただ一人の人物である。

怜奈は学校内に入ろうとはせずに、正門の前で誰かを待ち伏せているようだった。
そのうちに北工の不良たちに目敏く見つけられ、あっという間に囲まれてしまったのは、つい数分前の話だ。
しかし彼女は毅然とした態度で不良達を軽くあしらい、そこから動こうとはしなかったのである。
「目的の人物」会うためには校内に入るよりも、校門前で待ち伏せた方が都合がいいらしい。

「一体どこから情報を仕入れたんだろうねぇ。」

ニヤニヤといかにも楽しそうに笑う和仁だが、実のところ、この事に関して彼は全くの傍観者だった。
今回の一連の行動はすべて怜奈が自分の意志で行っていることで、虎組はもちろん、和仁も関与していないのである。

怜奈の相談を受けた和仁だったが、その際問われた質問に和仁が明瞭な答えをだすことは無かった。

あの日、和仁は罰ゲームに関する一切の情報提供を拒んだのだ。



『気になるなら自分で調べてごらんよ。』

否定もせず、肯定もせずに、ただ薄く笑って言ってやったときの怜奈の顔はきっとしばらくは忘れられない。
美しい顔を嫉妬で歪ませて自信に満ち溢れた表情を不安で曇らせて。
怜奈は唇をかみ締めて鞄をひったくる様に抱えると、そのまま外へ飛び出していってしまった。

だが、まさか本当に自分で調べた上、単独で北工に乗り込んでくるなんて、和仁は予想もしていなかった。

本日彼女のお目当ての人物が、この時間帯に学校へ来る、という情報もどこから手に入れたかは知らないが見上げたものだ。


「(でも、一番予想外だったのは、怜奈チャンが一人で来たことだなぁ。)」


和仁はてっきり、怜奈が『九条のセフレ友の会』という物騒な協会でも作って、団体で件の人物を潰しにかかると思っていたのだが、彼女はあくまで一対一で話す気らしい。
見上げた覚悟である。

「美人で頭も良くてえっちが上手くて度胸があって男前だなんてすげーなぁ。ほーんと、九条には勿体無いくらいイイ女だわ。」

笑って、和仁はさきほど怜奈に捕まったばかりの少年を眺めた。
ここからでは遠くて彼がどんな顔をしているかまでは確認できなかったが、オロオロと挙動不審な行動をしているように見える。
恐らくはひどく慌てふためいて顔色を青くしているのだろう、と容易に想像がついた。

瞬間、和仁はふ、と調理実習に乱入した際に康高と交わした会話を思い出した。


『九条が誰かと付き合っている事に、九条のセフレが薄々感づいている。』


もしかしたら、それなりの行動を取るかもしれない、と康高に報告したとき、彼は顔を歪め、わずかに考える素振りを見せて、それから静かに口を開いた。

『…それは、俺が手を出す事じゃありません。俺が行動を起こすのは、あれが虎組の連中から理不尽な災難に会いそうになったときだけです。』

『へえ。』

つまり、もし九条のセフレが何か行動を起こしたとしても、それに関して康高は傍観を決める、という意思表示であった。

それは、九条と自らの意思で「付き合う」と決めた「彼」が甘んじて受け入れなければならない事であり、避けては通れない道なのだということを、康高も理解していたからだろう。

「(まぁ、今回の怜奈ちゃんの一件は、本筋のゲームから派生した番外編みたいなもんだからねぇ。)」

罰ゲーム以外の事柄については、自分達の出る幕ではない。
罰ゲームメインの二人がお互いの行動に戸惑い、慌てふためく様を楽しむ和仁。
そしてそれを阻止しようと奔走するのが康高の役目だ。
それがこのゲームの基本スタイルである。

「(やっくんは、正当な理由で彼が受けなければいけない試練には手が出せない。
そしてオレは、正当な理由で彼が受けなければいけない試練には興味が無い。)」

手が出せない康高と、手を出さない和仁。


たまには見ているだけも良いものだ。
それが楽しいゲームのやりかた。

「そうだよねぇ。やっくん。」

そうして怜奈に手を引かれて校外へ出てゆく少年を眺めながら、和仁はすこぶる上機嫌で目を細める。


「(頑張ってね。今回は君を助けてくれる人はだーれも居ないんだから。)」


狼狽しながら怜奈に腕を取られた少年を瞳にうつして、和仁は人知れず笑んだ。



「ね、ちーばくん。」


















「カフェオレ。ホットで」

「あ…おれもおんなじので…」

消え入りそうな声で注文を済ませた隆平は、目の前で腕を組んだ少女を直視できず、机に視線を落とす。

だが机の木目を見ながらも、視線に入る胸元をチラチラと見てしまう自分が我ながら情けない。
そして胸を見ながらも、なぜこんな状況に陥っているのか全く飲み込めず、パニックに陥りかけ、緊張から隆平がときどき白目になってしまうのは仕方のないことだった。

「(なんなんだこのシチュエーションは…!!)」

ごく、とつばを飲み込んだ音がやけに響いた気がする。
おまけに空気も一緒に飲みこんでしまったので、「ぐひっ」とやけに面白い音が出て、隆平は穴があったら入って埋まってしまいたいほどの羞恥心に襲われたが、気にしているのは本人だけなのはここだけの話である。


ここは神代北工業高校からほど近い全国チェーンのファミリーレストラン。


数分前、目の前の少女に拉致されて連れてこられたのがここだった。
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