Penalty game

□penaltyL
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「く、九条…」

シン、と静まり返った職員室の中でぽつりと呟いたのは「のり」だ。

その声色から恐怖の色がありありと見てとれる。
九条は生徒指導室の前の人だかりを冷めた目で一瞥すると、まるで興味が無いというような顔をして、血の出ていた唇の端を親指でぬぐった。
それにハッとした数名の教師が、彼が出てくるのと入れ違いで生徒指導室に入って行く。
間髪いれずに女性教師の1人が甲高い悲鳴をあげたのが聞こえ、職員室中へ一気に緊張が走った。

「寺田先生!!」

「大丈夫ですか!!はやく保健室に!!」

「誰か手伝ってくれ!!」

寺田先生、とは40代前半の生徒指導の教師のことだ。
ゴリラのような屈強な肉体を持つ鬼の柔道部顧問で、口より先に手が出る血気盛んなタイプ。
担当教科は現国。
情緒のかけらも無いようなダミ声で朗読される純文学は、どう聞いても右翼団体の演説にしか聞こえず、授業中寝るようなふとどきな輩は即刻リンチにあうため、彼の授業はまさにスーパー独裁タイム。
過剰な体罰などでたびたび問題となっているのだが、学校側からはほぼ黙認されていて、不良の間でも恐れられている存在だ。
今回も九条の指導を担当していたらしいのだが…。

「その、寺田先生を…どうしたんだ…。」

「のり」の震えるような声が聞こえたが、隆平は何も言えなかった。
結果は九条の拳とシャツに付いているおびただしい鮮血が全てを物語っている。生徒指導室内で、おそらくは一対一。
九条がほとんど無傷の状態で部屋を出てきたのに対し、寺田が部屋から出てこないばかりか、声すらも聞こえないということは、無差別級かつ異種格闘競技の軍配はゴリラではなく虎にあがったということになる。

とはいえ、「指導」を受けた「虎」の機嫌はナナメどころではないはずだ。
なるべく関わりを持たないようにするのが吉であると即座に理解した隆平だが、そう世の中はうまくいかない。

「…千葉っ」

震えた声で自分の名を呼んだ「のり」に嫌な予感がした隆平が、おそるおそる彼の視線を辿ってみれば…。

「…。」

その先の獰猛な虎と、しっかり目があってしまったのだった。












「返事は今すぐじゃなくてもいーよ。そっちにだって色々準備があるだろうし。」

にっこりと笑みを見せながら和仁は「とりあえず明日までに答えを聞かせて」と付け加えた。

「いい返事を待ってるわん。」

ちゅ、と和仁が投げキッスをすると、康高を通り越した先の女子たちが一斉にバタバタと倒れ、康高の腕に今までみたことのないような鳥肌がたった。

1年3組は数学の授業が進んでいるからという理由で残りの10分は自習が言い渡された。
土肥はすでに退出し、教室のクラスメイトのほとんどは、康高の負のオーラと和仁の存在に耐えきれず廊下に避難を余儀なくされた。
クラスに残っているのは康高と和仁。そして和仁観賞に残った女子が数名だけだ。

「…。」

投げキッスを受けた康高は冷静な表情を装いながら無言のまま、どこからともなく袋に入った塩を取り出すと、容赦なく和仁めがけて投げつけた。

「ああ!!やめて祓わないで!!邪悪なもの扱いしないで!!ちょ!!顔とかやめて!!あたたた!!なんかヒリヒリするっ!!あ、タンマ!!目に!!目に入った!!!」

ぎゃー!!と阿鼻叫喚を発して和仁が痛みのあまりに床をゴロゴロとのたうち回る姿を無視した康高は、教室の黒板を眺めながら考えにふける。

(正直、この男と手を組むというのは生理的に受け付けない。)

おそらくは和仁は何かを企んでいるのだろうが、隆平をサポートするにあたり九条から目を付けられたのでは何かと動きにくくなるのは確かだ。九条にそれなりの「目安」がついているのなら尚更である。

(と、すれば和田よりも大江の方が使えるのも事実。)

が、当然リスクは高い。
康高は床に転がっている和仁を見た。
本質的に相容れないタイプの人間なだけに表面上だけで協力しあえたとしてもいつ裏切られるかもわからない。

「…」

そこまで考えて康高は「違うか」と呟いた。

(裏切られるという言葉は適切ではない…。少なくとも俺とこの男の間では「裏切り」が起きることはない…。それに手を組むメリットが俺だけにあるわけではなく、こいつにもあるのだとすれば…?)

「…先輩。」

低い声で呼ばれ、ほとんど号泣している和仁がぐしゃぐしゃの顔をあげた。

「さっきの話、乗ります。」

「え!!!??」

髪の毛とおそろいになった真っ赤な瞳を見開きながら和仁がきょとんとする。
無理もない。こんなに早く返事を貰えるとは思っていなかったらしい。
しかもまさかの二つ返事とは。

「いいの?こんな大事なことすぐ決めちゃって〜。」

「考えましたよ。きちんと。」

康高の言葉に、和仁はなにやら腑に落ちないような顔をしている。彼なりに毛嫌いされていると自覚があるらしく、それにしてはすんなりと自分の提案をのんだ康高が不思議でならないらしい。

「ただ、俺はあんたと手を組む気はない。」

「???」

思いもよらない肯定の後の否定に、和仁は眉にしわをよせて、首をかしげた。

「手を組むよりも、もっと合理的な方法がある。」

康高の表情を見て和仁は、目を瞬きさせたが、すぐに康高の意図に気が付いたのか、目を細めていかにも嬉しそうな笑みを浮かべた。



裏切られることはない。
裏切りは信用があってはじめて成立するのだ。

だとすれば。


(俺がこの男を信用することは一生ないからな。)




まったく、くだらない杞憂である。




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