好死は悪活に如かず

□好死E
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「全部憶測にすぎねぇ。確証はゼロだ。」

小五郎がケータイを見詰めながらイライラとするように頭をかいた。彼自身も脳内を正しく整理できていないことは明白だ。らしくもない、と小五郎は舌打ちを零した。
しかしカオルは小五郎の言葉に一人「いや、」と首を横に振る。

「この際、憶測で構わねぇよ、今はそれに頼るしかない。続けてくれ。」

彼自身も困惑を隠せない様子だが、それでも、と続きを促したカオルに、小五郎は暫く考えた後、「よし。」と頷いた。

「その前に、おいメガネ。それと、そこの変態野郎。」

通武と山縣の方を見て、小五郎が手招きをすると、当の二人は真剣な表情で(珍しく山縣も)素直に彼の方に向き直る。

「…なんだ」

事態の重大性を把握したらしい2人は、小五郎の要求に応えるように彼へ近づいた。
そんな2人に真面目な表情で頷いた小五郎は、どこからともなくロープを取り出すと、目にも止まらぬ速さで彼らを縛り上げ、丁寧に猿ぐつわまで施して床に転がした。

「ふぁふぃふぉひゅひゅふぁ、ふぃふぁふぁーー!!!!??」

水揚げされた魚のようにビタンビタンと暴れる通武と山縣は猿ぐつわの隙間から何やら聞き取れない意味不明な叫び声をあげた。内容は定かでは無いが、とりあえず怒っているのだろうということだけは分かった。
そんな二人を尻目に、一仕事終えた小五郎は首をコキコキ鳴らすと「黙れ」と低い声を出す。

「テメエらを野放しにしておくと、話が進まねぇことが判明した。いいか、海底の藻屑になりたくなきゃ、そのまま大人しくしてろ。」

小五郎が一服しようとタバコを取り出し、ライターを出した所で「全館終日禁煙。」と栄太の厳しいお言葉が背中にかかる。
苦虫を百匹噛み潰したような顔をした小五郎は、タバコを箱へ戻しながら「ふぁふぁふぁふぁ」と笑った山縣の脛に無言で一発蹴りを入れて、再びカオルの前に座った。

「…待たせたな。」

「いや…賢明な判断だ。ご苦労様です。」

「あー…どこまで話したか。」

小五郎はどう言うべきか考えあぐねるように、ガリガリと頭を掻いた。

「なにしろ話が突飛過ぎだな…。さっきの話もオレが都合よくこじつけているだけで、信憑性は無いに等しい。」

「こじつけって…」

怪訝な顔をしたカオルを前に、小五郎は顎に手を添えて、目を細めた。
なぜこんなことを言い出したか自分でもよく分からない。
もっと精査してきちんと確証を得てから口にすべきことだと考えれば分かりそうなものだが、ふと我に返ってみれば、ほとんど焦りと勢いで閃いたとしか言いようがない。
小五郎自身も思ったほど冷静な状態ではない、と痛感した次第だ。

「今分かるのは、相手は複数犯ってことぐらいだな。用意周到に練られた計画の可能性が高い。第一、まだ本人陰謀説が無くなったわけじゃねぇ。あの野郎自身が主犯の可能性も捨てきれねぇ。…もしかするとあの電話の相手は…。」

「あれは俊輔じゃない。」

疑心暗鬼に頭をもたげていた小五郎に、恐ろしいまでに真髄な顔をしてカオルが言いきった。

「和田君が言った通り、俊輔は馬鹿だけど、こんな手の込んだことしない。あいつは不用意に人に向かって『ころす』なんて言わない。短い付き合いだけど、それは言える。」

「…」

「さらに言えば、俊輔に協力者が居るとは考え難い。…あいつは敵が多いし、もし今回あいつが自ら望んで姿をくらます計画を立てていたなら俊輔はここに居たはずだ…そして、自ら望んでいなくても、ここに居るはずだった。」

「…どういう意味だ」

カオルの言葉に、今度は小五郎が怪訝な顔をする番だった。

「和田君達はおれ達にこう聞いただろ。お前ら、どこまで知っているかって。知っているも何も、本来は、おれ達が俊輔を掻っ攫う予定だったんだ。」

カオルの言葉に驚いて目を見開く通武と、逆に目を細めた小五郎は「やっぱりな」と頷いた。そんな二人を前にして、カオルは観念したように、床に転がされた山縣と目を合わせて頷くと、自分のカバンから一冊のノートを取り出した。

「おれと辰也で考えた、俊輔奪回の計画がここに全部書かれている。でも実際はこの中に書かれている計画は1割も成功していない。実行開始日は4月30日の夜。…でも。」

床に置いたノートの上に、カオルはパン、と叩いた。

「その前に、俊輔は消えた。」

シン、とその場が静まり返る。カオルの言葉を黙って聞いていた小五郎は、静かに
口を開いた。

「なんでそんな計画を立てようと思った。」

「…お前らと同室なんて、俊輔に何のメリットもないからだよ。」

正面から言い切ったカオルに、栄太が笑ったのが小五郎の癪に障った。概ね同意だと暗に言われているようで、胸糞悪かったが、これで他人にあまり関心の無い栄太が、自分の部屋の状況を知る経緯が理解できた。
同室者がこんな面白い計画を立てていて、この男も少なからず1枚噛んでいたのだろう。
ただ、この美しい少年には伊藤俊輔という哀れな男を心から慈しむような眼鏡の男のような配慮は全くなく、ただ面白いから、という理由なのが手に取るように分かる。

「だから、最初に俊輔が消えた時、お前らが俊輔をどうにかしたのかと思った。俊輔がお払い箱にされたなら、それはそれで俺らは好都合だったけど、当の本人から何の連絡も無いし、こっちから連絡を入れても、うんともすんとも返事がかえってこない。」

「…。」

「和田君のいう事は一理あるよ。さっきも言った通り、俊輔には敵が多い。本人が望む、望まないに関係なく。」

「…成程な。テメェの言うメリット云々はそういう事か。」

小五郎が納得したようなため息を吐く。床を転がる通武にはなんの話かさっぱり理解できなかった。敵が多い?あの男に?…何故。全く想像のつかない状況に通武が渋い顔をすると、隣の山縣が呆れたような顔でこちらを見て、鼻からため息をついて見せた。
そんな二人を無視して、「でも、」とカオルが続ける。

「今はそんな事どうこう言ってる場合じゃない。この状況は、俺やお前らが考えている以上に、ヤバい気がする。」

カオルの言う通り、ケータイの向こう側で息を潜めている人間がまともな神経の持ち主では無い、ということは先程のやり取りから証明されたような物だ。
もし、本当にそんな人間の傍らに人質として、当の俊輔が居ると考えると、それは非常に危険な状況であると考える方が普通だ。

「情報を共有してくれ。お互いの情報を精査すれば、きっと何か分かる。…これ以上あいつが大変な目に逢うのは御免だ。…頼むよ。」

苦々しく顔を歪めて、頭を下げたカオルに、小五郎は少し間を置いてから、床に置かれたノートに目線を向けた。色々書き込まれているのだろう、少しヨレてしまった大学ノートの表紙には几帳面な字で「俊輔奪還計画」とタイトルが記されている。

(…こいつらは…。)

こいつらは、あの野郎のために、こんなくだらない計画を立てていた。
鬼みてーな仕打ちを施すオレ達の手から救うべく、きっと一生懸命考えて、あの馬鹿を助ける方法を考えたに違いない。
だが、あの馬鹿は消えた。
そして、今こうして、こいつらは悪の根幹であるオレ達に、頭を下げている。
あの馬鹿の為に、あの馬鹿を助けるために、プライドも臆面も無く、頭を下げている。



さて…。


オレ達は、どうだ?








『君達だって、きっと彼のためならどこまでも走っていける。』









小五郎は、顔を上げた。

「…詳しく聞かせろ。」
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