好死は悪活に如かず

□好死E
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「じゃあ、その30分の間に、寮内の誰かが俊輔を…?」

心無しか青褪めたカオルの横で、小五郎が通武に向かって意地の悪い笑みを浮かべた。

「まだわからねぇな…しかし脳筋剣道眼鏡馬鹿から、やっとまともな意見が出たな。これで確認が取りやすくなったぜ。」

「確認?」

カオルが眉を顰めると、小五郎は自分のスマートフォンを取り出し、おもむろに操作すると、一枚の写真をカオルの前に突き出した。

「…なんだこれ。」

「今朝午前7時時点の在室確認プレート一覧。」

それは玄関ホール横に取り付けられた大きな在室確認のプレートである。

「…それが、何か?」

「今、現在この寮に残っているのは俺達を合わせて50人弱だ。この全ての人間が容疑者と言って良い。」

小五郎の言葉に、栄太を抜いた三人は、キョトンとした顔をした。

「総勢600人近く居る寮生を考えれば随分絞り込まれてはいる…が、残り2日でこの連中の手元からあの馬鹿を見付けると考えるには、些か想像にかてぇ…。そこで、だ。」

「?」

「この脳筋の話をヒントに、裏を取ろうじゃねぇか。5分…じゃ、ちぃと足りねぇか…」

「???」

小五郎の発言に、誰もが困惑したような顔をして首を捻った。

ただ、一人、高みの見物を決め込んで面白そうに耳を傾けている、栄太を除いて。







東風の携帯電話が鳴ったのは、10時半よりも少しだけ前だった。
虎次郎と古美術品の話で盛り上がって、楽しい時間を過ごしていた東風は、突然の着信音に少しだけ水を差されたような気分で、ノロノロとした動作で発信元を探った。

ポケットから取り出した小さな機械のディスプレイを覗きこめば、昨晩ようやく登録した同室者の「ヤクザさん」の名前が表示されている。
ガンバの大冒険の賑やかなテーマを余所に、東風が浮かない顔で、じぃ、と携帯電話を眺めていると、目の前に居た虎次郎がにこりと笑った。

「構いませんよ、どうぞ。」

虎次郎の穏やかな顔に、東風はちいさくぺこりと頭を下げると通話ボタンを押した。

「…もしもし…。」

『高杉か。てめぇ、まだ管理人室か?』

「うん。」

『ちょうど良い。あと15秒したらお前さんにやってもらう仕事がある。そのまま待て。』

「…?」

『10、9、8、7…』

電話越しでカウントダウンを始めた「ヤクザさん」こと和田小五郎の言葉を聞きながら、首を傾げた東風を見て、目の前の虎次郎も湯呑を持ったまま、同じ方向へ首を傾げる。

『4、3、2、1…』

ゼロ、と小五郎が言ったのと同時だった。
耳をつんざくような、凄まじい警報音が寮中に響きわたった。

「!?」

思わず、東風と虎次郎が立ち上がる。

「これは!」

声をあげた虎次郎が慌てて窓口の方へ走った。
「緊急サイレン通知」と書かれた黄ばんだ紙の下に、沢山のボタンと番号札と赤いランプが並んでおり、「二階ミーティングルーム」と書かれたボタンの下のランプが警報音に合わせてピカピカと光っている。

虎次郎は、テレビのようなモニターのスイッチを入れると、緊急サイレン通知のランプが光っている番号へとチャンネルを回した。
しかし、そこは真っ暗で何も映っていない。
虎次郎はランプの上のボタンを押し、ブザーを止めると、「高杉くんは危ないからここに!」と言ったまま、ドアから飛び出していってしまった。

残された東風は口をポカンとあけたまま、その後ろ姿を見送った。
すると、つないだままだった携帯電話越しから「さあ」という声が。

『仕事だ。高杉。』






「悪の所業だ…。」

ぜぇ、ぜぇと肩で息をして、玄関口に座り込んだ山縣と通武が小五郎に恨み言を呟いたのは、それから丁度10分ほど後であった。

「おお二人とも、おかえり!!ご苦労さん。」

カオルが二人にタオルを差し出すと、山縣はそれを奪い取って叫んだ。

「ちくしょう、あのヤクザ野郎!!他にも方法があったんじゃねぇか!!??」

額からダラダラと汗を零しているは、暑いとか疲れたとか、それだけではない。

「師範…そして敬愛する両親よ…。お許しを…!!俺は…俺は悪事に身を染めてしまいました…!!」

がっくりと肩を落とした通武を前にカオルは遠い目をしてしまった。確かにこの男には荷が重かったかもしれないが、現メンバーの中で運動神経の良い二人を選抜してこうなったのだ。

「すまん、久坂くん…俺がもう少し足が速ければ変わってあげられたんだけど…。」

カオルが慰めるように、そう言ってみるものの、通武の罪悪は相当深いものなのか、山縣がケロっとした顔で部屋の中へ入ってく中、通武は一人、扉に額をゴンゴンとぶつけながら、懺悔を繰り返しているようで、玄関でうなだれたままだった。

そんな通武を無視して、山縣が「それで?」と口を開いた。

「うまく行ったんだろうな。」

苦々しい顔で、山縣がリビングに入ると、小五郎がニヤ、と笑って二枚の紙をテーブルに置く。

「当たり前だ。」

それは二枚の在室確認プレートの写真をコピーしたものだった。





事の真相は至ってシンプルだ。


寮の正面玄関から一番遠い二階のミーティングルームの警報器を作動させ、虎次郎が管理人室を空けたのを見計らい、東風に命じて操作させ、監視カメラの過去のビデオ画像を少々拝借したのである。

狙いは、大食堂前の在室確認プレート付きのポスト。
寮内に数台ある監視カメラをくまなく見尽くせば何か手がかりはあるかもしれないが、なにせ時間も手間もかかる上、まず虎次郎が決して見せてくれないだろう。
で、あれば、ピンポイントで見たい所を一瞬だけ切り取ってしまえばいい。

「一度、管理人室に入っておいたのは正解だったな…。」

お蔭で小五郎は、古い型の監視カメラと、これまた古いタイプのサイレン付警報器がある事を知った。

あの時は、在室確認プレート付きのポスト前の監視カメラなんて誰が見るんだ、と思っていた。

また、過労でぶっ倒れて管理人室に運ばれた通武は決して褒められたものではないが、何の因果か、それがまさか今こうして役に立つ日が来るとは…当時の小五郎は夢にも思わかなかっただろう。


「結果が出た。これが今高杉に写メって送らせた、4月30日、17時半の在室確認プレートの画像。そしてこっちが、今朝方の在室確認プレートの画像だ。」

テーブルの上に置かれたのは、写真を白い紙にプリントアウトしたものだった。

「この時在室していた奴と、今、寮に在室がかぶってんのは…24人だ。」

「さて」と小五郎が呟いた。

「絞り出して行こうじゃねえか。」
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